第5話
狐が憑いた、と言えばいいのだろうか。
街の外縁に変なものが現れ、それの対処に正義の味方が相当数動員された。そして同時に、同じく正義の味方である自分にも、難しい対処が来た。
街の外縁に現れた変なものは実体を持っておらず、その本体はひとりの女子学生の心に住み着いた。それが、いま保健室で眠っている彼女。
もともと心が強くないほうだったらしく、学校にあまり通えていない彼女のことを、自分も知らなかった。そして、その彼女に街の外縁に現れた変なものの本体、つまり狐が憑いた。
狐が憑いた後の彼女は、学校に来るようになった。自由に授業を受けたり保健室で眠ったり、屋上でノートに絵を描いたりしている。自由気ままで、ゆったりとしている彼女。
最初はそれを微笑ましいものとして見ていたが、仲良くなって、話しかけてみて。それが、まったく逆なのだと気付かされた。
彼女の心は、悲鳴をあげている。何をどう説明していいか分からないが、とにかく、彼女の心は、どうしようもなく、崩壊をはじめている。
そして、それに対して彼女ができる、最後の抵抗が、学校に行くことだった。これまで通えていなかった学校に行く。授業を受ける。保健室で眠る。屋上で景色を眺める。そのひとつひとつが、崩壊する心を押し留めて、ぎりぎりの均衡を保っている。
「いや、違うな」
彼女。眠っている顔を眺めて、なんとなく、思う。彼女は、抵抗しているのではない。自分の心が崩壊するのを感じて、最期に、わずかに残った心を振り絞って、学校に来ている。これまでできなかった、心残りを、ゆっくり消化するように。学校で生活している。
きっと彼女は。もう、もたない。心が。もう。
「何が違うの?」
彼女。ゆっくりと、目を開く。眠りが浅かったらしい。
「ごめん。起こしてしまっ」
た。
「ん」
唇が、奪われる。
キス。
なぜか、甘くておいしい味がした。
心が崩れゆく彼女の、最期の、くちづけ。
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