シュバルツの青年貴族


 名指しされたことで、私の周りにいた村人たちの視線がこちらに集中する。

 …なんでこいつ大量にパン持ってんのとか思われてそう。


「私がエスメラルダ王国高等魔術師のデイジー・マックですが、なんの御用でしょうか」


 パンを抱えての登場はいささか格好がつかないが仕方ない。しかし早朝から前触れもなく失礼な貴族である。

 そもそも今日の忙しさは一体何だ、夜も開けていない内から町人から起こされて、朝っぱらから隣国からの貴族が出向いてきて……。

 エドヴァルド・シャウマンと名乗った青年はくるりと首を動かして私を視界に入れた。彼は私を見て、パンを見る。そしてまた私の顔を見た。

 ──するとなぜだろうか。彼は目を見開き、その白い肌に赤が走った。

 ……なんだ、その反応。


「あの、なにか?」


 なんだか小気味悪いので私が訝しむと、彼はハッとして咳払いしていた。


「す、すまない、こんなに美しいお嬢さんだとは思わなくて」

「…はぁ、どうも」


 貴族特有のリップサービスみたいなものだろうか。よくもまぁ出会って数秒の女性の容姿を褒め称える発言なんか出来るな。

 私は警戒心バリバリで相手を注視した。隣国の貴族。それだけで不穏な匂いを感じ取ったのだ。シュバルツは敵国ではない……しかしだ。魔術師ならシュバルツにも腐るほどいるのに、何故隣国の魔術師である私を訪ねてきたのか。


 それに私は貴族とは関わりたくないのだ。関わるとろくなことが起きないのだから。


 私の警戒に気づいたのだろう。青年シャウマン氏は困った顔をして首を傾げていた。女に綺麗と言っておけば心開くと思ったら大間違いだからな。


「ご用件をどうぞ」


 感情の含まれていない声で話を促すと、彼はここに来た理由を思い出したのか深刻な表情をした。


「……ビルケンシュトック領内での君の薬の評判を聞きつけて、ぜひとも君の薬を購入したいと考えていた。…残念ながら君は帰国してしまい、完全に出遅れてしまったが」


 ……なるほど、ビルケンシュトックでの評判か。…薬なんて誰が作っても、どこで作っても変わんないのに。


「私の母は病で数年寝たきりで、国中の医師達に見せてきたが…とうとう匙を投げられた。……原因がわからないのだそうだ」


 それで私を頼ってきたってことか。しかしだな、重要なことを見落としているぞ。


「……私は医師じゃなく、魔術師ですが…」


 医者が診てもわからんものは私だってわかんないよ。完全に頼る先を間違っている。

 私は薬を作ることは出来るけど、病気の特定はできないよ。それぞれ専門というものがあるんだよ。


「それはわかっている! もう君だけが頼りなんだ! 王家直属の医者にもどうしようもないといわれ……母は死ぬのを待つだけの苦しい毎日を送っているんだ…!」


 母はあんな哀れな死に方をする御方じゃないんだ。こんな終わり方、あまりにも可哀想過ぎる。と彼は悲しそうに呟いた。


「母を助けてくれ。頼む、診てくれないか!?」


 貴族から頭を下げられた。

 だけど私は快く引き受けるわけにはいかない。


「お気の毒ですが…」


 何かあっても責任取れないんだよ。しかも他国の貴族のお母さんときた。国際問題に発展したらどうなる? 誰がそんな危ない橋を渡りたいもんか。

 私にも都合ってもんがあってですね。


「治してあげなさいよ!」

「こんなに頼み込んでるのに、可哀想と思わないの!?」


 非情である、とでも言いたいのか。横から、初等学校時代の元同級生女子たちが責め立てるように口を挟んできた。

 彼女たちは目をランランと輝かせてシャウマン氏を見ていた。物珍しい貴族の存在に興奮しているのだろうか。


「…口で言うだけは簡単だよね。私は医者じゃないの、出来ることと出来ないことがあると言っているの」


 医術は専門外なんだってば。世の中キレイ事ばかりじゃないぞ。関係ない人間は口出ししないでくれないか。

 そういう意味を含めた言葉を返すと、彼女たちはムッとした顔をしてこちらを睨んできた。


「──それとも何? なにか起きた時に責任とってくれるのかな?」


 下手したら処刑とかされちゃうかもね。

 彼女たちの睨みに怯まず、私が目を細めていると、横でザッ…と砂の上を滑り込むような音が聞こえてきた。


「…!?」


 なんと、シャウマン氏は私の目の前で膝をついて低く頭を下げていたのだ。それこそ地面に額がくっつくほどである。

 そんな礼、過去の時代の奴隷くらいしかしないだろう。

 貴族が村娘にそんな頭下げちゃっていいの!?


「君の気持ちは理解している」


 その言葉に私は首を傾げた。

 

「君が貴族をよく思っていないのも承知の上だ。魔法魔術学校在学時代、飛び抜けて優秀だった君は、貴族の子息子女に目をつけられ、凄惨な嫌がらせを受けた。4人相手にひとりで果敢に戦ったそうだね。貴族相手で卑怯な手にも負けずに、反撃として拳で相手を叩きのめした後に、アリジゴクに落としてドブネズミの餌にしたと噂に聞いている」


 そんな、噂が他国にまで流れているだと…? 村人からの視線が集中したのがわかった。

 だが、ちょっと待て。


「…最後の所業は友人の仕業です。……私じゃないです」


 あのいけ好かない貴族子息をドブネズミの餌にしたのはマーシアさんだぞ。私の罪にしてくれるな。

 拳使ったのは、罠に掛けられて魔法を使えなかったから仕方なくやったけど、別に相手を戦闘不能にさせてないし、結局倒せなかったし。と言い訳してみる。


 しかしシャウマン氏にはそんなの瑣末事だったようだ。


「他にもエスメラルダ王太子殿下と婚約者の公爵令嬢にかかっていた黒呪術を見破って解呪したとも聞いた。首謀者をつきとめて、呪い返しをして追い詰めたとも」


 やめろ、呪い返しの件は思い出したくない不幸な事故なんだ。 

 リリス・グリーンを見た最後の姿を思い出してグッと歯を食いしばると目をぎゅっとつぶった。一時は稀代の悪女とあちこちに新聞が舞ったのに、ここ最近リリスの噂を聞かない。彼女はどうなったのだろう。


「そのすべてで貴族が関わっている。君の貴族に対する心証は宜しくない…面倒だから関わりたくないと思っている。…そうだろう?」


 噂だけでそれを察したのか、それとも私が貴族嫌いだってことも噂になっているのか。

 その噂は間違ってないので、私は否定も肯定もせずに、渋い顔でシャウマン氏を見下ろしていた。


「魔法庁からのスカウトを受けるもそれを断り、優秀な成績で飛び級卒業後、独学で高等魔術師の地位に登りつめた才女デイジー・マック……君なら私の母を救える。……頼む、金なら言い値を払う。不平等になる契約は結ばないことを約束しよう」


 だから頼む…! と頭をゴツンッと地面に打ち付けて懇願するシャウマン氏。

 今の痛くなかったか。すごい音したぞ。


 …まるで私が非情な宣告をしたみたいじゃないか。……他の村人は何も言わないが、今では青年貴族に憐れみの眼差しを向けているのは分かる。

 私は不満に歪んだ口をゆっくり開き、重々しいため息を吐き出した。面倒くさい。なんでこうも次から次に面倒事が流れ込むんだ。


「…もしも何もできなくとも……最悪な状況になっても、私は一切責任を取りません」


 それだけは約束しろ。

 もしも最悪亡くなってもそれは運命だと受け入れて欲しい。何度でも言うが私は魔術師であって、医者じゃないんだ。


「私は国に認められた高等魔術師です。能力や知識を安売りできないんです。…出張費に薬代、診察費と…私の自由を拘束するんです。色々高いですよ? 占めて──」


 私が提示した高額な代金に、周りにいた村人が驚いて裏返った声を漏らしていた。


 高等魔術師に診てもらうってこういうことなんだよ。平民である村人や町の人には薬の材料を安いもので賄って、特別割引しているだけ。平民から高いお金ぶん捕れないもん。通常はこのくらいかかるのだ。非情と言ってくれるな。

 しかし貴族からしたら余裕で支払える金額らしい。シャウマン氏は最後の可能性に縋るような面持ちで頷いていた。

 今までいくら治療費に費やしてきたのだろう。……母親を救うためなら爵位すら売る覚悟かもしれないなこの人。



■□■



「書面での契約に異論がなければこれにて締結です」

「では早速…」


 場所を移動して契約書を取り交わすと、シャウマン氏が席を立ち上がった。だけど私はそれに待ったを掛ける。


「予約注文を受けてるので、それが片付いてからでもいいですか? それが終わったらすぐに向かいます。居住地を教えてくれたらひとっ飛びするので先に向かってください」


 出鼻を挫かれたシャウマン氏は目を丸くして拍子抜けしている様子であった。


「…ひとっ飛び?」

「貴族なのに魔法をお知りでない? 見知らぬ土地でも転送術を使えば、正確な座標は指定できずとも、近くまでは移動できるじゃないですか」


 一旦国境の検問所で入国許可をとってから、再度転送術を使う形になるだろうけど。

 もしかしたらルルが目的地まで乗せていってくれるかもしれないけどね。彼女は気まぐれだから留守番すると言うかもしれないが。


 私が今後の段取りを頭の中で整理していると、シャウマン氏は恥ずかしそうに、情けなさそうに苦笑いを浮かべていた。


「不勉強ですまない。私は魔力に恵まれなかったんだ。魔法にも明るくなくて…」


 その言葉に私は自分の失言に気づいてしまった。


「魔なし…」


 申し訳無さそうにするシャウマン氏の表情を見てしまい、無神経な自分が恥ずかしくなった。


「大変失礼しました、失言でした」


 私が謝罪すると、彼は首を横に振った。


「知らなくて当然だ。…貴族の魔なしはいないものとして育てられるのが暗黙の了解だから」


 貴族でありながら魔力に恵まれない人間の話は噂で聞くが、彼もそこそこ苦労しているのかもしれない。


「出来損ないである私を見捨てることもなく、ただ一人寄り添ってくれた母なんだ。だから私財をなげうってでも母を助けたい」


 そういった彼の横顔は、どこまでも親孝行な息子の顔をしていた。……貴族にも色々あるんだね…。


 そう待たせることなく領地に伺うことを約束し、彼が先に村を旅立ったのを見送る。

 私には休む暇がなさそうだ。そのままその足で森に薬草を摘みに行った。眠りたいけど仕事片付けなきゃ。予約分の薬とそれと美容クリームと…

 あぁ、眠い。

 自由業は気ままだと思っていたけど、意外と忙しいなと感じている今日この頃である。

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