良心的魔術師価格で販売中


「こりゃあ…あんた、こんなもんどこで手に入れたんだ」

「旅の途中でちょっと」


 路銀稼ぎをしようとドラゴンの素材の一部を売りに行くと、店番のおじさんがぎょっとしていた。今はあまり流通していないドラゴンの素材でも、分かる人にはひと目で分かるもんだな。

 それで買ってくれるのか、買ってくれないのか。品をじっと見つめているおじさんは隅々まで確認してその後口を開いた。


「そうだな…ひとつ80万リラだな」

「…まぁいいでしょう」


 村の工場の親方に教わった相場の範囲内だったので私はうなずいた。老ドラゴンの歯(奥歯)を3本ほど売ると、お金を盗まれぬように収納術で納めた。

 よし、これでしばらくの滞在費に加えて新しく新調するブーツ代がまかなえるぞ。


「ルルおまたせ、お昼ごはん食べに行こうか」


 私の言葉にルルは目の色を変えた。空腹過ぎて先程からグルグル唸っていた彼女は早速屋台に突撃して羊肉の串焼きを沢山注文していた。

 路銀が必要なのはなんといっても同行者の食費がめちゃくちゃかかるので、町に滞在するには金が必須なのである。森の中だったら自給自足できるんだけどね。

 山積みになった大きな串焼きをどんどん消費していくルル(見た目11歳)に人々の注目が集まる。こんな小さな体のどこに肉が入ってるのだろうと思うよね普通。


「うまい、主も食え」

「…お肉好きだよねぇ、本当」


 私としては肉だけなのは辛いのだが、串焼き数本を突き出されたら食べるしかない。昨日来たばかりだからこの辺の食事処のことは全くわからない。お手頃な金額でたくさん食べられるお店を探さなきゃなぁ。

 お肉を見るとどうにもテオのことを思い出す。再出発の時は王都から帰還した後さっさと準備して発ったのでテオが知らないうちに旅立ったんだよね。あいつ怒っていないといいんだけど。


 隣にいたルルは「腹がいっぱいだから昼寝する」と言ってどっかに行ってしまったのでそこからは別行動だ。基本的にルルは自由なので、いつも大体途中で別行動になる。しかし彼女は強いので私は心配していない。

 ところで昨日頼んだブーツは今どんな感じなんだろう。靴を作るところって見たことないから見学とかさせてくれないかな。

 今まで村と近くの町と王都の学校近辺が生活範囲だった。異国に来た今、いろいろなものを見て学ぶいい機会だ。そうと決まれば向かうとするか。


 昨日辿った道を進んで行くと工房の看板が見えた。お店の裏に工房があって、そこで作っていると聞いた。中を覗いてみようと覗き込んだその時であった。

 つんざくような悲鳴が聞こえてきたのは。


「きゃあああああ!!」 


 女性の声だった。

 何事かと思った私は滑り込むようにして工房に入っていった。工房内は熱気に満ちており、顔にムワッと熱のこもった空気がぶつかってくる。


「ベル! …なんてこった! 待ってろ、今医者を…!」


 彼女は炉からそう離れていない場所で顔を抑えてうずくまっていた。その傍らには煌々と赤く燃え上がる鋼の塊……手元が狂って火傷したのか。

 慌てた父親が医者を呼ぼうと立ち上がったが、私はその前に立ちふさがった。火傷程度なら医者を呼ばずとも魔術師の薬で治療できるだろう。


「あ、あんた何だ、何の用だ」

「……傷口を見せてください。私は魔術師です」


 私はこの工房の主の横を通りすぎるとうずくまったベルさんの前にしゃがみこんだ。彼女はキョトンとして私を見上げていた。私は火傷痕を注意深く観察する。

 彼女の頬に大きく広がる火傷は上辺だけでなく奥まで達していた。すぐに治療しなきゃ傷跡どころか表情筋まで後遺症が残ってしまう。


「お、お客さん…? いたっ…」

「喋らないで。火傷は軽くない。…我に従う水の元素たちよ、この者の傷口を冷却せよ」


 まずは患部の冷却だ。火傷痕を痛めぬよう水の元素たちに冷却を指示する。突然現れ、自分の頬にまとわりついた水に彼女は驚いた顔で固まっていた。


「すぐに薬を作りますので、そのまま動かないで。喋らないでいて」


 工房の一角に薬作り用の道具と材料を広げると、私はちゃちゃっと火傷薬を作った。火傷薬は普通の傷薬と違って成分が一部異なる。還らずの森を散策している時にいい薬草を見つけたのでそれが早速役に立ったぞ。

 

「ま、魔術師様、ベルの顔はどうなんだ、傷跡は残るのか」


 火傷薬製造中の私の隣で情けない顔をした工房の主。娘が心配で心配で仕方ないようだ。

 私は薬から目を離さずに返事する。


「まだ怪我して間もない、塞がってないから、これなら塗り薬でなんとかなると思います……傷跡は少し残るかもしれませんけど、お化粧で消せる程度には……」


 治癒魔法を使ってもいいけど、魔術師の治癒魔法は奇跡も同然だ。簡単に使ってはいけない、本来対価をいただかなくてはいけないものなのだ。私もこればかりは安売りできなかった。

 個人経営の工房の店主には治癒魔法の相場を支払えるとは思っていない。勝手に治癒魔法を使って押し売りみたいになるのもよくないし。ここは薬で彼女の治癒力を向上させて、なるべく以前と同じくらいに回復させる方法を選んだ。


 薬が出来上がった後はそれを魔法で急速に冷やす。清潔なガーゼに薬を塗り、それを火傷患部にそっと貼り付ける。


「この薬には抗炎症、皮膚の保護目的以外に治癒能力をあげる効能があります。一週間塗り続けてみて。もしかしたら発熱して、患部が痒くなるかもしれないけど、それは薬が効いてる証拠。身体が頑張って傷を塞ごうとしていることなので」


 残りの薬をベルさんに手渡すと、私は道具を片付けた。見学のつもりがついついお仕事をしてしまった。人の役に立てたから魔術師としては正解の行動なんだけどね。


「……魔術師なのは知ってたけど、上級魔術師様だったの?」


 彼女は私の胸に輝く翠石のペンダントを見て目を丸くしていた。隠していたわけじゃないけど、普段はマントを着ている関係で隠れて見えなくなるんだよペンダント。

 ベルさんはそれをじっと観察していたが、何かを思い出したかのようにハッとしてサァッと顔色を悪くさせていた。


「魔術師に薬を依頼すると高価な金額請求されるって聞いたよ…どうしよう、そんなお金うちには……」


 ない。と小さく呟く声が工房に響く。

 確かに世の中の魔術師の作る薬はそこそこいい金額するが、私かてそこまで鬼じゃないぞ。そりゃあ学生時代よりは多めに頂いているけど、効果抜群な薬に良心的な金額であると自負している。


「そうですね、薬のお代は5千リラいただきます。お代は頼んでいるブーツ代から割引してくれたらいいですよ」

「えっ…それでいいの?」

「あ、ついでにこの辺で安くて美味しいお店があったらいくつか紹介してください」


 火傷薬は使う薬草の量が多いので、傷薬よりは高い。だけど今回は還らずの森で採取した薬草も使っているので問題ない。学生時代はそれよりも安い金額で売っていたんだ。

 何度か「ほんとに? 5万リラじゃなくて?」と再確認されたが、5千リラだって言っているだろう。



 その日の晩は工房のベルさんに紹介された、安くて美味しい大衆食堂で夕飯を済ませることにした。ルルのお気に召したようで、テーブルに所狭しと並べられた料理たちはあっという間に彼女の胃袋の中へと消え去っていったのである。

 …森で獣を捕ってきて料理して食べさせたほうがお財布には優しいのかもしれないな。満腹のお腹を擦るルルを見て私は漠然と思ったのである。



■□■



「あんた一体どんな魔法使ったんだい?」


 薬を使い続けたベルさんの火傷痕はみるみるうちに回復した。


「治癒魔法は高額ですよ。そんな安売りみたいにホイホイ使うわけ無いでしょう」

「だって見てよホラ! まだ完全には治ってないけど、明らかに治りが早いよ!」


 傷口が盛り上がって塞がっている火傷痕。そうは言っても傷治るのには個人差があるからなぁ。


「自然由来の薬草の効果ですよ、あとはあなた自身の治癒能力のお陰」


 還らずの森の薬草の質が相当良かったんだなきっと。

 私は乳液状のクリームが入った瓶を彼女に差し出すとそれの説明をした。これは薬ではなく美容目的のクリームだと。


「完全にふさがったらこの美容クリーム塗ってくださいね」

「これもあんたが?」

「私の村や近くの町では結構人気なんですよそれ」


 シミ・そばかすが薄くなったとの評判なので、火傷痕のケアにも向いているかと思うんだ。もちろん傷が完全に回復してから塗って欲しい。


「あんたすごいねぇ…あたしよりも若いってのに、こんなすごい薬作れるなんて」

「私は初等学校・魔法魔術学校時代共にガリ勉クイーンと呼ばれてました。努力の天才なんですよ」


 私がちょっとふざけて答えると、ベルさんはふふっと笑いを漏らした。

 しばらく火傷を負ったことで気落ちしていたが、ようやく精神的に落ち着いたみたいで良かった。


「あんた噂の魔術師様かい!」


 そこに割って入ってきたのは恰幅の良いご婦人であった。彼女はノシノシと近づいてくると、ギュムッと私の手を握ってきた。


「うちの人が腰やっちゃったのよ! 腰痛に効く薬をお願いできないかしら!」


 私はどこかで噂になっていたらしい。おかしいな、まだこの工房以外では薬の販売をしていないのに…


「早く早くこっちよ! もー困ったわー納期が迫ってるってのにー」


 私は振り回されるようにしてご婦人に引っ張られた。よくわからんけど、お仕事があるのはいいことだな。


 その後私の元にいくつもの薬の依頼がやってきて、しばらく忙殺されたのは言うまでもない。

 ここでも私は腱鞘炎と付き合わないといけないみたいだ。

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