月とスッポンの交流会


「デイジー! 大変!」


 バターンと乱暴に開け放たれたドア。

 慌ただしいただいまをしたカンナが息を切らせたまま、机で勉強する私の元へ近寄ってきた。

 大変とは口では言っているけど、カンナのことである。どうせ小テストで過去最低点数を取ったとか、中庭で猫が出産していた、子猫かわいいとかそういう事件なのだろう。


「今年、特別塔と一般塔の生徒を交えた交流会が行われるんですって!」

「…なにそれ」


 耳慣れない単語に私は動かしていた羽ペンを浮かせて、カンナを見上げた。カンナは興奮を隠しきれない様子で鼻息も荒く、紅茶色の目をランランと輝かせている。


「身分の違うもの同士の理解を深める目的の交流会よ! 滅多に行われない集まりなんですって!」


 もしかしたら貴族様に見初められたりして…とカンナがお花畑みたいなことを言って胸をときめかせている。そんなバカな。

 しかし、交流会か……


「面倒くさそう」


 出世欲はあるが、貴族や王族に取り入る気は一切ない私はカンナとは正反対の反応をした。

 だって私はそこまで人付き合いが得意じゃない。媚びへつらうのは苦手なんだ。そもそも身分違いだから面倒が起きそうだと思うのに、学校側は何を考えているんだ。

 私は意図せずに何度かやらかしたので、お貴族様の誰かに顔を覚えられている気がする。生意気な一般塔の庶民だって嫌味を言われなきゃいいんだけど。



■□■



 フカフカの柔らかい絨毯。細かい彫刻の施された建物。お高そうなタペストリーにはエスメラルダ王国の紋章。

 隅っこに置かれた机いっぱいに広がったごちそうに、一本いくらかわからない高級ドリンク。わざわざ配膳してくれる使用人までいるみたいだ。こんな人たち、一般塔の食堂にはいない。


 ダンスフロアでは男女が手を取り合って楽しそうに踊る。その衣装ひとつ買うお金でどれだけ生活できるのだろうと私はぼんやり眺めながら、ごちそうをむしゃむしゃ頬張っていた。

 まるで王宮の社交界に参加している気分だが、全然ワクワクドキドキしない。こんなことなら勉強していたほうが何倍も有意義なんですけど。


 カンナの言う通り、普段会わない上流階級の子息子女と、一般庶民の交流を深めるという名目の交流会が行われた。今現在、普段庶民が立ち入れない特別塔内の講堂にお邪魔している。

 しかし、一般庶民生徒たちはまるで場違いの会場に気圧されて壁の花となっていた。私も同様で、とても退屈していた。特別塔の生徒とは関わるなと学校側が指導していたくせに、今更上流階級の人とどう接しろというのだ。あっちもこっちに話しかけてこないし、交流する気はサラサラないんだろう。

 手持ち無沙汰なのも何なので、ごちそうにありついていた。もぐもぐ口を動かしながらあちらの生徒たちを観察する。


 貴族のことはよくわからないが、親しいもの同士で固まっておしゃべりするのは庶民と同じだ。ただ、あちらは家の格があるので、平等というわけにはいかない。そこは私達とは少し違うのかもしれない。

 誰が誰だかわからないが、服装や態度、周りからの扱いによってあの中で一番身分が高いんだろうなぁって想像できる。私が観察した中でも一番立場が強そうな女性貴族は……王太子殿下の婚約者に内定している公爵令嬢だ。他の貴族はよくわからんが、あの人だけは覚えている。


 少し前に馬車ですれ違った時に見かけたことがあるけど相変わらず顔色が悪い。お化粧でごまかしているけど、その化粧が濃くなって余計に顔色がくすんで見えるのだ。年齢も私の2つ上くらいなのに、妙に老けて見えた。さすが貴族というべきか、現在は疲れた顔を一切見せていないけど、顔色の悪さは如実である。

 彼女は同じ貴族女性たちに囲まれてちやほやされていた。そりゃあそうだろうな、次期王妃になる人だもの。貴族にとっては権力争いは日常茶飯事。王妃となる公爵令嬢に気に入られたいと考えるのは普通のコトだ。

 蹴落とし蹴落とされる貴族の世界……庶民の中にもそういうのあるけどさ。主に好きな子を奪い合うとか、自分のほうが可愛いとか競い合うこととか……いや、私達庶民とは違う戦いがあるのだろう。

 とりあえず頑張れとしか。


「ねぇデイジー! あの人かっこいい! 貴族様って素敵よねぇ、洗練されていて物腰が優雅で」

「ソッカーヨカッタネー」


 横からドスッと体当りしてはしゃいでくるカンナをハイハイとあしらう。

 今は学年が異なるため、会場入りも別々だったはずなのに、わざわざ会場内で私を探し出して来たのか。体当りして言うことなのだろうか。


「精一杯おしゃれしてきたけど、やっぱり貴族のお姫様には負けるわ」


 貴族様に会うということで、カンナが朝からおめかしを頑張っていたのは知っていた。まぁ確かにあの豪勢なドレスの中に町娘村娘が入って行ったとしても、ただみすぼらしく見えるだけだもんね。

 私はあまり気にしない質だが、普通の一般的な年頃の女の子は気にしてしまうものなのだろう。


「カンナ、あそこにケーキがあるよ。普段絶対に食べられないからたくさん食べておこう」


 とはいっても、私は気の利く言葉を掛けるのがとても苦手だ。逆に傷つけてしまう恐れがある。

 なのでカンナの好きな甘味で気を引くことにした。


「太っちゃうよぉ」

「普段はそんなに食べられないから大丈夫。ごちそうは今日だけ。また体重なんか元通りよ」


 貴族は毎日ごちそうだろうが、私達庶民は粗食だ。肥満率は食事で現れている。今日一日の暴食くらいじゃ絶望的な結果にはならないから問題ないさ。

 私はカンナの手首を引っ張り、デザートコーナーに行く、そこにいた使用人の人に「たくさん盛ってください。多少お下品になっても構いませんから」とお願いして、お皿いっぱいに乗せられたデザートをカンナと一緒に頬張った。

 あっこれおいしい。家族にも食べさせたいなぁ。うちの家族は熊獣人というだけあって身体が大きくいかついのだが、見た目によらず甘いものが大好きなのだ。


「もうデイジーったら…太ったらデイジーのせいなんだからね」


 …と文句をつけてきたカンナだが、クリームたっぷり乗ったケーキを口に入れたらそれはもう幸せそうな、とろけそうな顔をしていた。私はそれを見てホッとする。


 私達は庶民だからお貴族様には勝てない。きらびやかなドレスなんか持っていないし、ドレスに腕を通す機会があったとしても絶対に衣装負けする。彼らとは生まれも育ちも違うのだ。一緒にしては駄目。比べても無駄だ。

 私達は魔法の勉強のためにこの学校にいるのだ。目的を履き違えては駄目。

 それに、庶民には庶民の良さがあると私は考えている。彼らのことは別の世界の人間だって思って鑑賞していたらいいんだよ。

 だいたいカンナはいつもうるさいくらいに元気なんだから、急に落ち込まれたら調子狂うじゃないの。


 私達がデザート特盛で食べている姿におびき寄せられたのか、そろそろと人が集まってきた。この会場の雰囲気にのまれて遠慮していたけど、遠慮せずに食べている私達に感化されて食事だけでも楽しもうと思ったのであろう。

 もうこれは交流会ではない。片やお貴族様の社交パーティ、もう片や庶民のお食事バイキングである。

 沢山用意されていたごちそうは庶民たちによって食い尽くされそうになっているが、お貴族様は興味がまるでない。

 庶民など路傍の石とばかりに見向きもしない。こちらも話しかける理由もないし、身分の高い人に話しかけるのははばかれるしで……何の目的で開かれたんだろう。


 どんどん上流階級と一般階級の間に溝が出来ていく気がする。

 うん。この交流会は失敗だな。

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