第21話 回想Ⅰ

「——俺は、家族が大嫌いだ」


 二人の少女は、キョトンとした顔をしていた。

 それはそうだ。なぜ『太陽の欠片』を欲しがるのか、という質問に一見無関係のことを言ったのだから。

 

 俺だって意地悪でこんなことを言ったわけではない。

 ただ、自分で意図しないうちにこんな言葉が出ていたのだ。


「正直、自分でもどうしてなのか分からないんだ。だから少しだけ、俺の昔話を聞いてくれないか。そうしたら、答えを言葉にできると思うんだ」


 少女たちは頷いた。


 それから、俺は自分の過去を語り始めた。

 たどたどしい言葉で語りながら、記憶を手繰り寄せていく。


 顧みたことのなかった俺の半生が、少しずつ蘇ってくる。


 最初に思い出したのは、10歳の誕生日の時だった。


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 「誕生日おめでとう、ウィリアム!」


 その日両親から渡されたプレゼントは、ふんだんに装飾された剣だった。

 街で見かけた高位の騎士が身に着けていたものを見て以来、ずっと欲しがっていたものだ。


 それだけでも嬉しかったが、プレゼントはそれだけではなかった。

 望遠鏡、写真機、オルゴールなど、どれも立派な意匠が施されたものが並んでいた。


「ありがとう、お父さん、お母さん!」


 俺の両親は、名のある商人だった。

 大きな店をいくつも持ち、数多くの従業員を雇って、莫大な利益を上げていた。

 高級住宅地でも一際目を引く豪邸に住み、その暮らしぶりはまさに豪華絢爛だった。

 

 息子である俺も、その恩恵を受けていた。

 専属の使用人が世話をして、一流の料理人が食事を作り、上等な服を何着も身に着けた。

 有名な家庭教師が付き、高価な本で教育を受けた。

 それが幼い頃の、俺の生活だった。


 桁外れの財力が成せることだが、そこには俺への愛情もあった。

 そして、俺もそんな両親が好きだった。


「あなた、明日はピクニックですよ。いつもより遠出になりますが、準備はよろしくて?」


「ああ、もう終わった。楽しみだな、ウィリアム」


「うん!」


 両親は忙しい仕事の合間で、俺を様々なところへ連れていった。

 ピクニックと言うけれど、実際はかなり本格的な旅行だった。

 これまた莫大な予算をかけて、世界中の名所へ訪れるのだ。

 

 しかも今回は、聖都にある大聖堂の見学だった。

 教会の本拠地でもあり、選りすぐりの騎士達が守護する場所である。

 本来なら簡単に行くことのできない場所だが、教会との繋がりがある両親が頼みこんで実現したそうだ。



 次の日、所有している馬車で家を出た。

 

 この町から聖都へは馬車で10日かかる。

 その間は馬車に揺られながら、両親と他愛もないことを話した。

 その何気ない、けれど穏やかな会話がどれほど幸せだったことか、その時はまだ気付いていなかった。


 聖都は、堅固で荘厳な城壁で守られている。 

 長旅の末に、遠目からその姿が見え始めた。

 

 城門にたどり着くと、一人の若い女騎士が出迎えた。

 

「お初にお目にかかります。大聖堂までは私がご案内させて頂きます」


「よろしくな、騎士さん」


 その騎士の案内のもと、馬車は大聖堂に向かう。

 

「やけに若いが、見習いか?」


 その彼女の容姿から、父が騎士に聞く。


「ええ、まだ騎士団に入団したばかりです」


「お姉さんは、どうして騎士になったの?」


 俺が訪ねると、騎士は照れ隠しのように笑いながら答えた。


「お姉様と共に働きたかったからです。——もっとも、お姉様は騎士団の研究者になって遠くに行ってしまいましたが」


 そんな話をしているうちに、無数の大理石で造られた壮大な大聖堂が姿を現した。


「さあ、大聖堂に到着いたしました。皆様を歓迎いたします」


 騎士の先導の下、俺たちは馬車を降りて大聖堂に向かう。

 あまり大っぴらにできることではないから、裏口のような所からひっそりと入る。

 

 その中には、煌びやかな衣装をまとった男が待っていた。


「司祭様、本日は誠にありがとうございます」


 両親はその男に頭を下げる。

 司祭と呼ばれた男は少し困った顔をする。


「まったく、私のことも考えてほしいものだ。キャリアに傷がついてしまう」


 それから、俺の頭を撫でながら続けた。


「しかし、息子のためだと言われてしまっては無下にはできまい。君、今日はゆっくり楽しみたまえ」


 そう言って、司祭は俺たちを案内した。あの若い騎士もついてくる。

 壁画やらシャンデリアやらが、重々しくも華やかに大聖堂の内部を飾り立てていた。

 

 広々とした礼拝堂に着くと、皆で祈りをささげた。

 ところで、礼拝の仕方はいくつか異なったものがある。

 感謝を示す祈り以外にも、願い事によって色々とあるのだ。


 当時の俺は無邪気な子供だったからこの時間が退屈で、ちらりと両親のほうを見た。

 この時の両親の祈り方は、『家内安全』だった。

 それを見た俺は嬉しくなって、二人の『商売繁盛』を祈った。


 

 

 この時、神は少なくとも俺の願いは受け入れていたのだろう。



 



 

 




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