第9話 お昼ごはん
重くなってしまった雰囲気を切り替えるように、ルーチェのお母さんは手をたたいた。
「そういえば、アスールちゃんはどんな所に住んでいるの?」
「えっと……」
わたしは反応におくれる。
わたしよりも先に、ルーチェが答えた。
「森の中のね、すっごくきれいなお家に住んでるの」
「そう、森の中に住んでいるのね」
――わたしがこんな様子では、全然ダメだ。
わたしは何のためにここに来たのか。
そう、ルーチェを笑顔にするためだ。
なら、まだまだやることはあるはずだ。
まずは、より詳しい情報を集めることにした。
ルーチェのお母さんには悪いけど、いろいろ聞いてみる。
「どうして、十二歳になると結婚しなければいけないの?」
……言うべきか迷っている様子だった。
それもそうだよね。
せっかく楽しい空気にしようとしたのに、暗い話を振られたんだから。
でも、わたしは知りたかった。
どうしてルーチェがこんなに苦しまなければいけないのかを。
「本当に、信じがたいことだけど……」
やがて、お母さんは語り始めた。
「昔から、結婚していない女の子は『悪魔』に襲われると信じられているの」
「悪魔?」
「そう。悪魔に体を引きちぎられ、血を搾り取られるらしいわ」
「それって、本当なの?」
「悪魔なんて、昔の人の妄想よ。本物なんて見たことも聞いたこともない。……そんなもので子供たちの幸せを奪うなんて、本当に馬鹿げているわよね」
お母さんは、ルーチェの頭をなでた。
ルーチェはくすぐったそうにお母さんに抱き着く。
「なんでみんなそんなことを信じてるんだろう……」
「村長が昔っから言いふらしているからかな。皆あの古臭いバ……おばあちゃんの話を聞いて育ってきたから」
「それじゃあ、その村長を説得できたらいいのかな」
「まあ、村長が許してくれるなら、いいかもね。……許してくれるなら」
……なるほど。
もしかしたら、解決の方法がなんとなく見えたかもしれない。
あとは、その村長をどう説得するかだった。
「……ごめん。話かわるけどさ」
ルーチェがおずおずと口を開いた。
「お母さん、私、大人になったらアスールと旅したいの」
お母さんは驚いた様子だった。
まあ、いきなりそんなことを言われたらびっくりするよね。
だけど、意外と簡単に許してくれた。
「いいわよ。こんな村なんて、さっさと出ていった方いいから」
「やったぁ、ありがとう!」
「そのかわり、絶対に危ないことはしないこと。死んだら意味ないからね」
「うん、約束する」
「アスールちゃんも、ルーチェをよろしくね」
「任せて!」
わたしは胸をたたく。
と、ルーチェのおなかが鳴った。
「そういえば、もうお昼ごはんの時間だね。アスールちゃんも食べる?」
お母さんが台所に向かいながら聞いた。
「わたしは食べなくても大丈夫だから、いらないよ」
「いや、大丈夫なわけないでしょ。子供はちゃんと食べなさい」
「でも……」
わたしは、ニンゲンで言う『食事』というものがいらない。
だから、いままで一度も食べ物を口にしたことがなかった。
だけど、食べたからといって死んでしまうというわけでもない。
いい機会だから、『食事』をしてみようかな。
「じゃあ、食べるよ。おねがい」
「分かったわ。今日はがんばらなくちゃね」
そう言って、お母さんは料理を始めた。
わたしは椅子に座ってルーチェとおしゃべりをしていた。
「ルーチェはさ、いつか結婚したいと思う?」
「まだ出会いがないからね。でもどうせ結婚しなきゃいけないなら、アスールと結婚したなぁ」
「わたしとかぁ……」
ちょっぴりうれしかった。
ルーチェと結婚するのも……うん、悪くない。
そうしているうちに、お母さんが料理を運んできた。
わたしはその料理の名前を知らない。
黄緑色の葉っぱと赤くて薄い物、そして茶色い塊が板の上に乗っかっていた。
「やったあ、お肉だ!」
「今日は初めてアスールちゃんが来てくれたからね、特別だよ」
お肉とやらは貴重なものらしく、なんだか申し訳なくなった。
でも、興味はわいてくる。
わたしはさっそく料理を口に運ぼうとした。
だけど、ルーチェが奇妙なポーズをしているのを見て思わず動きを止めた。
両手を絡ませて、真剣な表情で目を閉じている。
ルーチェのお母さんも同じような格好をしていた。
しばらく待っていたけど、中々食べ始めない。
面白そうだったから、わたしも真似してみる。
二人と同じように手を合わせて、目をつむる。
しばらくそうしていると、不意に口の中に痛みを感じた。
最初はそこまで痛くなかったけど、少しずつ激しい痛みになってきた。
「痛っ……」
わたしは思わず口の中を押さえた。
つばではない、ドロッとした液体の感触を感じた。
見てみると、それは真っ赤な血だった。
「どうしたの!?」
異変を感じたルーチェが声を上げた。
その声にルーチェのお母さんも目を開けた。
そして、慌てた様子でタオルを持ってきて口を拭いてくれた。
じっとしていると、やがて血は止まった。
だけど、痛みはいまだに感じる。
「ごめん、ご飯は食べれないと思う……」
「いいわよ。それより、ベッドで寝ていなさい。むこうの部屋にあるから」
べつにだるさはなかったけど、お母さんの言うとおりにした。
ルーチェに肩を支えられて、ベッドにたどり着く。
「ルーチェ、ちゃんとじっとしててね。また血が出るといけないから」
「……うん、そうするよ。ごめんね、迷惑かけて」
ルーチェはわたしの頭をなでると、心配そうにしながら部屋をでた。
ベッドに横になっていると、自然と眠気が襲ってくる。
特に抵抗する理由もないから睡魔に身を任せていると、意識が沈んでいって、そのまま眠ってしまった。
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