第6話 探検

 今日は朝から、ずっと窓の外を見ていた。 

 雨はパラパラとだけ降っているから、もしかしたら今日もルーチェが来てくれるかもしれない。


 しばらく待っていると、木がかすかに揺れた。

 じっと目をこらすと、そこからルーチェが出てくるのが見えた。

 わたしは部屋を飛び出して、急いで玄関に向かう。


 とびらに手をかけて開けようとしたけど、お兄さんと出会った時のことを思い出して、あわてて手を離した。

 また吹っ飛ばしちゃうといけないからね。

 

 ……よし、いったん落ち着こう。

 わたしはとびらの前でひとつ深呼吸をする。


 そうしてとびらにゆっくり手をかけたところで、ノックの音が聞こえた。

 どうやらルーチェは目の前にいるようだった。

 ……よかった、いったん止まって。


 とびらを開けると、ルーチェは元気よく手を振った。


「おはよう、アスール!」


 そう、アスール。

 ルーチェがわたしにくれた名前。 

 わたしはもう一度その名前をかみしめた。


「おはよう、ルーチェ」


 わたしはルーチェを中に入れる。

 わたしに雨水がつかないように気をつけながら、ルーチェはかさをたたんで玄関においた。


「今日は何しようか」


 わたしはルーチェと廊下を歩きながら聞いた。

 

「ほんと、どうしようね。アスールの体も治したいけど、どうしたらいいのかわからないし……」


「じゃあさ、きのう案内できなかった部屋を見せてあげるよ」


「本当!? ありがとう!」


 そういえば、一階にはルーチェがすごく喜びそうな部屋があったんだった。

 わたしはあまりそこに入りたくないけど、ルーチェのためなら仕方がない。


 玄関から中庭をぐるっと回りこんで、その部屋の前に立った。

 目の前には大きなとびらがたっている。

 そのとびらは他とちがって、きれいに飾られていた。

 それだけでもルーチェは興奮していた。


 でも、中はもっと気に入ると思う。

 わたしはそのとびらを力いっぱい押して開いた。


「すごい……」


 期待してたとおりの反応で、すこしうれしい。


 この部屋では、植物を育てていた。

 花はもちろん、草や木まである。 


 当然水が必要になるから、そとの雨水を流しているのだ。

 だからわたしは、この部屋にはあまり入りたくない。

 前にうっかりこけてしまって、雨水に手をついて痛い目にあったことがあった。

 それ以来、この部屋には近づいていない。

 ここの植物たちは誰にも管理されていないけど、それでもきれいに生えていた。

 

 わたしはルーチェがはしゃぎまわっているのを外から見ていた。

 ルーチェは花を手に取ったり、木のみきに触ったりした。

 時には花のにおいを楽しんでいた。

 

 こんなの、外にはいくらでもあると思うのだけど、ルーチェにとってそれは関係ないようだ。

 ルーチェの笑顔を見ているとそんな気がしてくる。

 

 わたしは、その笑顔を見ているだけでも楽しかった。


 しばらくはルーチェもここを楽しんでいるだろう。 

 だけど、そのあとはどうしようか。

 正直、ここ以外でルーチェがあれだけ楽しむようなところは思いつかない。

 ちょっとがっかりさせてしまうかもしれないな。

 先にここを見せたのは失敗だった。



「どうしたの?」


 悩んでるわたしを心配したのか、ルーチェがこっちにかけよってきた。


「もうここよりすごいところが思いつかなくてさ。この後どうしようか考えてる」


「私はどこでもいいんだけど……。それに、もしかしたらアスールの体を治すヒントがわかるかもしれないから、とにかく色々見てみたい」

 

「わたしは何回も見たけど。……そうだね、ルーチェなら何かわかるかもしれない」


 わたしは立ち上がって、さらに奥へルーチェを連れて行った。 


 それからわたしとルーチェは、手当たり次第にこの家をたんさくした。

 けれど、ほとんどの部屋が何も置いていない物置きだったから、それらしいものは見つからなかった。


「何も……ない……」


 二階の部屋もひととおり見たところで、ルーチェはため息をついた。

 

「まあ、しかたないよ。ほんとうに何もないんだから」


 そう言ったとき、わたしはふと思い出した。

 たくさん物が置いてある部屋があることを。

 

「地下になら、何かあるかもしれない」


「地下?」


「そう。役に立たないものは全部地下の倉庫に入れておいたから」


 わたしたちはその倉庫に向かうことにした。





「うわぁ……」


 地下の倉庫を見たところで、ルーチェは後ずさりした。


「……この中を探すの?」


「……うん」

 

 ルーチェの気持ちもわかる。

 倉庫の中は、たくさんのガラクタがぐちゃぐちゃに詰め込まれているのだから。


「アスール、片付けはちゃんとやろうね?」


「うっ……」


 ジト目で見られて、思わず目をそらす。

 

「まあいいや。とにかく探すよ」


 ルーチェは目の前にあったガラクタを引っこ抜いた。


「なにこれ……」


 それは足がくだけたイスだった。

 ……そういえば、つい最近壊しちゃったんだっけ。


 わたしたちは倉庫の中をあさり続けるけど、出てくるものは何の変哲もないただの壊れ物だけだった。


 それに、地下だけあって暗いから探しづらい。

 奥に何があるかもよくわからなかった。


 ここでも何も見つからないまま、時間が過ぎていった。


「……そろそろ時間かな」


 倉庫の半分くらいまで進んだころ、ルーチェはつぶやいた。


 一階に上がると、外はもう暗くなりかけていた。

 ルーチェはそのまま玄関に向かう。

 かさを広げて、外に出た。


 今日は雨が降っているから、わたしは中から見送る。


「ばいばい、アスール」


 ルーチェはかさを持っていない方の手を振った。


「ばいばい!」


 わたしも手を振って見送った。


 ルーチェのせなかが見えなくなると、わたしは地下の倉庫に戻った。

 そして、ひとりで探索をさいかいする。


 ……やっぱり、何も見つからないな。

 そう思っていると、ふと今までのものとは少し違うものを見つけた。


 それは、白くてかたい棒みたいなものだった。

 白いと言っても、少し茶色に近い。

 それで床をたたくと乾いた音がした。

 顔を上げると、似たようなものがいくつもあった。


 ……思い出した。

 これが家にいくつも転がっていて邪魔だったから、ここに放り込んだんだっけ。


 わたしはたくさんのそれらをポイポイと投げる。

 そうしていると、おもしろい形のものを見つけた。


 それも白くてかたいのだけど、形は縦長で丸に近い。

 そして、いくつかの穴とくぼみがあった。


「……変なの」


 わたしはそれも放り投げた。

 

「あ……」


 少しだけくだけるような音がした。


 まあ、いっか。

 どうせ知らないものだし、無視して探索を続ける。

 しばらくは、そのよくわからないものしか見つからなかった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る