9話。【団長SIDE】バラン団長、手柄を上げようとアンデッドの軍団に突っ込み返り討ちにされる

 街道を1000人ほどの騎馬の一団が駆け抜けていた。

 バランに率いられたブラックナイツだ。


 王国には整備された石畳の街道が敷かれており、いかなる場所にもすぐに騎士団を派遣できるようになっていた。


 騎士の国として勇名を馳せてきたアーデルハイド王国の強みである。


「……本気で【不死者の暴走(アンデッド・スタンピード)】に突っ込むつもり?」


 バランと併走する剣聖の美少女イブが眉根を寄せる。


「突撃で敵に大打撃を与える! しかる後に離脱して、もう一撃だ! 敵は知能のないアンデッド。これであらかた片付くハズだ」


 バランは焦っていた。

 報告では【不死者の暴走(アンデッド・スタンピード)】の中核にいるのは、元ブラックナイツの騎士たちだという。


 死んだ後まで、俺の顔に泥を塗りおってクズどもめ!

 

 いち早く【不死者の暴走(アンデッド・スタンピード)】を討伐し、なんとしても汚名を返上しなくてはならなかった。

 そのため、他の兵団と協調せずに出撃した。


「……アンデッド対策は練ってある? この騎士団のアンデッドとの戦闘経験は、どれくらい?」


「なに心配はいらぬ。ブラックナイツは最強。物理耐性などあろうがなかろうが、叩き潰すのみよ!」


 ここ数年、アンデッドの大群が湧いたことなど無かったので、奴らとの戦闘経験は、ほぼない。


 アンデッド対策など、何をすれば良いのか見当もつかなかった。


 だが、バランはそれを正直に言うつもりはない。

 言っても士気が下がるだけだ。


「団長! アンデッドの軍団が、この先の街道にいます。どうやら近くの村に向っているようです!」


 偵察に出していた騎士が、向かいからやってきて叫んだ。


「好機だ! 街道におるなら、騎馬突撃の恰好のマトだ!」


 どうやらツキが向いて来たらしい。

 森やぬかるみなど、地形によっては騎兵の力を最大限活かせない場合がある。


 しばらくすると、瘴気を撒き散らすおぞましい死人の群れが、行く手に現れた。


「全軍、突撃! 蹂躪せよ!」


 勇気を奮い立たせて、騎士たちがアンデッド軍団に突っ込んで行く。


 スケルトンが、騎士剣の一撃に吹き飛んだ。ゾンビが槍に突き倒され、軍馬に踏まれて粉砕されていく。


「ワッハッハ! もろい! しょせんは、この程度か!」


 バランが勝利を確信した時、あちこちで悲鳴が上がった。


「なに!?」


 馬が急に足をもつれさせて、前のめりに倒れる。

 落馬したバランは、地面が紫色の毒沼に変わっているのに気づいた。

 泥に濡れた全身に痺れが走る。


「な、なんだこれは!?」

 

「これは暗黒魔法【毒沼(ポイズン)】……!」


 剣聖イブが、馬から華麗に飛び降りながら告げる。

 沼地では騎兵最大の長所である機動力が活かせない。イブは馬を捨てた方が良いと判断したようだ。


「地形を変えてしまう魔法だと!? そんなモノが有り得るのか!?」


「ここまで広範囲というのは私も信じられない」


「ぐぅっ、おのれ! 姑息なフォルガナの魔法使いごときが!?」


 アンデッドたちが、足の止まったブラックナイツに群がってきた。

 気づけば5000ものアンデッド軍団に包囲される形になっていた。

 

「わざと騎兵突撃がしやすい地形で待ち伏せて。私たちが入ってきたら、魔法で地面を毒沼に変えて、包囲殲滅」


 イブが目にも止まらぬ早さで剣を振るい、近づいてきたゾンビを細切れにする。


「これは、とんでもない死地。ゾクゾクする……!」


 イブはこのような窮地に、なぜか微笑した。


「お、おのれ! 離脱せよ!」


 たまらずに、バランは退却を命じる。

 このままでは全滅だ。


 毒のせいで身体が痺れて、満足に剣が振れなくなっている。

 逆に生物ではないアンデッドに毒は通用しない。こちらだけが、圧倒的に不利な状況だ。


 バランが逃げようとすると、背後から矢を射掛けられる。


「がぁ!?」


 敵は味方に矢が当たることなど意にも留めずに、乱射してくる。

 見れば戦死した元ブラックナイツの団員たちだった。

 バランは肩に矢を受けて、うめいた。

 

「私が殿(しんがり)をつとめる。離脱を急いで」


 イブがスケルトンどもをバラバラに斬り刻みながら告げる。


「さ、さすがは剣聖様だ!」


 彼女の奮戦に励まされて、ブラックナイツから希望の声が上がった。

 この足場の悪い毒沼で、これだけ動けるとは、剣聖の名は伊達ではないようだ。


 だが、群がってくるアンデッドの数はすさまじく、離脱しようにも突破できない。

 首をはねようと、胸を貫らぬこうと、敵は怯むことなく反撃してくる。


「ひぐぁあっ!? お、お前、何を!?」


「ロイド、やめろぉ!」


 混乱と恐怖の叫びが、あちこちで上がった。

 敵に殺された騎士が起き上がり、新たなアンデッドと化して、ブラックナイツに襲いかかってきた。


 かつての仲間を攻撃することをためらった騎士が、凶刃に倒れる。その騎士も、毒の沼地に突っ伏したと同時に、魔物と化して起き上がった。


「ひゃあああっ!?」


 ついに恐怖に屈したのか、半狂乱になって泣き叫びながら剣を振るう者が現れた。

 士気が保てず、軍が総崩れになっていく。


「くそぉ! 団長がアベルを追放なんてするからだ! 最強だった俺たちが、なんでこんな目に!?」


「こ、こいつら、いくら斬っても死なない!? せめてティファ副団長がいてくれたら……!」


「団長、このままでは全滅です!」


「わかっておる!」


 バランが怒鳴る。

 だが、対処しようにもどうにもならなかった。

 かくなる上は……


「貴様ら、血路を開け! この俺を逃がすのだ!」


「だ、団長!?」


「貴様らの代わりはいくらでもおる! だが、この俺の代わりはおらん! 衛生兵、俺にありったけの回復薬をかけろ!」


 肩の痛みが深刻だ。まずは治療をせねば。


「イブ! こっちに来い! 俺を守れ! 俺を逃がすのだ!」


「正気? 指揮官が部下を捨てて逃げる?」


 後方で敵を引きつけていたイブが、不快そうな声を発した。


「団長! ひとりだけ助かろうって……! あんた、それでも騎士かよ!?」


「必死について来た俺たちを見捨てる気ですか!?」


「黙れ! 俺が死ぬということが、王国にとってどれだけの損失かわからんか!?」


 その時、突如、大歓声が鳴り響いた。


「全軍、攻撃開始! ブラックナイツを救援せよ!」


 戦場に轟く号令。

 聞き覚えのあるこの声は……ま、まさかアベルか?

 

 驚いたことに落ちこぼれとバカにしていたアベルが、新設のルーンナイツを率いて、援軍に現れたのだ。


 炎の魔法が一斉に飛び、アンデッドどもが火だるまとなって崩れる。包囲の一角が破れ、退路ができた。

 

「あれは神剣グラム! シグルド様が、我らが真の主が参られたぞ!」


 古参の騎士が何をトチ狂ったか、感激の声を上げた。

 こともあろうに神剣グラムを掲げたアベルを、英雄シグルドと見間違えたようだ。


「おおっ! た、助かった! 王女近衛騎士団ルーンナイツ、ばんざい!」


 ブラックナイツの騎士たちから、喜びの声が上がる。


 それはバランにとって、腸が煮えくり返るほどの屈辱だった。

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