2話。【団長SIDE】バフ・マスターを欠いた最強騎士団。魔物の軍勢を相手に大敗北する

「全軍、鋒矢(ほうし)の陣形!」


 騎乗したバランは、ゴブリンの軍勢を睨みすえながら、号令を発した。

 彼によって鍛えあげられた最強の騎士団が、一糸乱れぬ動きで陣形を組む。


 ブラックナイツの騎士たちは、バランが団長になった3年前から、メキメキと実力を上げた。


 最近では、なんと全団員の全ステータスが約10倍に急上昇するという前例のない成長を遂げていた。


「すべては、この俺の課した厳しい訓練のたまものだ」


 炎天下での重武装での10キロマラソン。

 砂利の上で、他の団員を背中に乗せての拳立て伏せ。


 さらには、気合いと根性を養うために7百メートル級の滝からの紐無しバンジージャンプ――死人が出なかったのが、不思議なくらいの過酷な訓練を指示してきた。


 おかげで、ブラック職場、ブラック騎士団などという悪評も広がっているが……


 くだらんやっかみだ。

 

 勝利によって、そんな声はすべて封じてきた。


 連戦連勝を重ねたブラックナイツの名声はうなぎ登り。このまま行けば、やがて自分とリディア姫との婚姻も有り得ると、バランは、ほくそ笑んだ。


 バランが二十代後半になっても結婚をしなかったのは、リディア姫を手に入れたかったからだ。

 そして、ゆくゆくは、この国の王に登りつめるという野望を抱いていた。


 そのために、英雄の息子でありながら、使えない落ちこぼれであるアベルを切り捨てた。


「あのような軟弱者がいては、士気に関わるからな」


 上機嫌で全軍突撃を命じようとした時、水をさしてきた愚か者がいた。


「……団長! お待ちください。アベル様のお姿が見せませんが?」


 銀髪のツインテールを赤いリボンで結わえた美少女。副団長であるハーフエルフのティファだ。


 この小娘は前団長シグルドの弟子だったこともあり、あの落ちこぼれを『様』をつけて呼んでいた。


「ふん! ブラックナイツの面汚しであったヤツは追放した」


「……な!? しょ、正気ですか? なぜ、私に相談もなく、そのような暴挙を!?」


「暴挙? 剣術大会で最下位の軟弱者が、我が騎士団の末席に名を連ねている方が、おかしかろう?」


「それは違います! あのお方は、【バフ・マスター】のスキルを鍛え上げ、ついには、全団員のステータスを10倍アップさせるまでに至ったのですよ!? ブラックナイツが最強なのは、アベル様のお力があったればこそです!」


「……貴様は何を言っておるのだ!?

 我が騎士団が精鋭なのは。全団員の力が急上昇したのは、この俺が厳しい訓練を課してきたからだ!」


「あのような身体を痛めつけるだけの訓練には、何の意味もありません!

 すべてはアベル様のおかげだと、報告書で何度も申し上げてきたハズです!」


「貴様!?」


 ティファのあまりの暴言に、バランは怒鳴り声を上げた。

 もし、これから戦でなければ、このバカな小娘の首をへし折っているところだ。


 そもそも、魔法になど頼るこの小娘とは、最初から反りが合わなかったのだ。


 筋力を極限まで高め、剣で敵を真っ向から粉砕してこそ騎士だ。


 それを前団長シグルドは、これからの戦は魔法が勝敗を決するなどと言って、ティファを副団長に据えた。


「ハーフエルフの小娘風情が、よくもこの俺に盾付きおったな! この戦に勝利したら、貴様も追放だ!」


「……はぁ。まさか、ここまで頭が固い方だとは思いませんでした。わかりました。このような騎士団に未練はありまん。

 私はアベル様の元に行かせていただきます」


「勝手にするが良い。全軍、突撃だ!」


 バランが馬の腹を蹴って駆け出す。その後に大勢の騎士たちが続いた。

 圧倒的な速度とパワーでもって、敵を蹴散らす。いつもの必勝法だった。


「団長……! 敵が崖の上に!」


 ブラックナイツを見下ろす崖の上に、ダークエルフの一団が現れた。

 頭上から火や雷の魔法が、豪雨のように撃ち込まれる。


 攻撃を受けた騎士たちが落馬し、後続の仲間に踏み潰された。

 悲鳴が飛び交う。


「なに!? バカな!」


 いつもの団員たちなら、この程度の魔法攻撃など、そよ風のごとく弾き返して突進していた。


「やはり! アベル様のバフがなくなり、魔法防御力が激減しているんです!」


 まさかと思い、バランは自分のステータスを確認する。


―――――――


名 前:バラン・オースティン


レベル:48


体 力: 4760 ⇒ 476(DOWN!)


筋 力: 6020 ⇒ 602(DOWN!)


防御力: 5440 ⇒ 544(DOWN!)


魔 防: 1510 ⇒ 151(DOWN!)


魔 力: 530  ⇒ 53 (DOWN!)


敏 捷: 2270 ⇒ 227(DOWN!)


―――――――


「あ、ありえん……!」


 あまりのことに、バランはめまいを覚えた。

 4桁に達していたバランの全ステータスが軒並み10分の1にまで低下していた。


 まさかティファの言っていることは、真実だとでも言うのか?

 このブラックナイツを支えていたのは、あの落ちこぼれのアベルだとでも?


 俺が団員たちに課した訓練は、無意味だったとでも……?


「ええい! とにかく突撃だ! 目の前の敵を粉砕せよ!」


 怒号を発するバランは、次の瞬間、目を疑った。

 貧弱な装備しか持たないゴブリンどもの中に、突如、巨大なドラゴンが出現したのだ。


「まさか、召喚魔法!? 敵に尋常ではないレベルの召喚士がいます!」


 ティファが警告を発する。

 ドラゴンが身をすくませるような咆哮を放った。


 軍馬が、恐怖にみな竿立ちになり、突撃の勢いが潰される。


「退け! 退け! ドラゴンを倒すための準備はこちらにはない! このままでは、全滅よ!」


「ティファ! 貴様、何を勝手な命令を!」


「アベル様を欠いた状態で、あんな化け物に勝つなど不可能です!」


 最強の騎士団に敗北など許されない。

 例え、ドラゴンが相手であろうともだ。


 ゴッオオオオ!


 超高熱のドラゴンブレスが、ブラックナイツに浴びせられた。

 バランは馬ごと弾き飛ばされ、地面の上を転げ回った。


「がぁあああ!?」


 ミスリル製の鎧のおかげで、命は助かったが、激痛に意識が飛びそうになる。

 栄光ある騎士団の3分の1近くが、今の一撃で消し炭に変わった。


「退却! 退却よ! 団長こちらへ!」


 魔法で、辛くも身を守ったティファが命令を発する。

 バランはティファに背負われ、歯ぎしりしながら、戦場を後にする羽目になった。


 大敗北だ。


 逃げ帰ったバランは、翌日、衝撃のニュースを知ることになる。


 なんとアベルがリディア王女をドラゴンから救い、王女が新設した近衛騎士団の団長に抜擢されたというのだ。


 さらにブラックナイツの敗北の噂は、瞬く間に広がった。

 無理な突撃を命じ、多大な死傷者を出したバランの悪名が国中に流れた。


 バランはこれをかわすために、失態の責任を副団長のティファに押し付け、追放処分とした。

 ティファが、突撃を中断させたために、ドラゴンに勝てなかったのだと……

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