ありきたりな悲劇は

むくろぼーん

第1話ありきたりな悲劇は(1)

 閑静な住宅街。事故が起きたのは昼を過ぎた午後一時を少し周ったころ。


 スピードを出し過ぎた乗用車がハンドル操作を誤り、道路を横断中の女性を撥ねた。

 それは見渡せばどこにでもありふれるような一報だった。

 唯一違っていたのは、道幅はあるけれど、住宅街にほどほど近く一般道で起きる事故にしては不釣り合いな速度であったことくらいか。


 私は事故の一報を聞きつけて、現場にむかった。


 到着した現場は、すでに警察官のほかに、消防、救急の関係者や付近の住人、それに同業者と思われる人間の姿があった。

 彼らが同業者であるのは一目見れば判断がつく。なぜなら、カメラを片手に周りを見渡して、シャッター切る。すぐに角度や映りを調整するように、移動していくからだ。

 わたしも現場を見渡せるところから写真を撮るべく、急いで近場の高所にのぼった。近接の写真を撮るのはもう無理だと判断したからだ。登った高所のさきに見えたのは事故の痕跡、そして、その凄惨さであった。

 現場が初めてなんてわけじゃない。


 それでも思わず息をのんだ。


 事故現場は見通しのいい直線につながる緩やかな下りのカーブのさき。片側1車線の道路であった。


 女性は近所のスーパーから帰る途中だったのだろうか。


 カメラ越しにズームで見る事故現場には、スーパーの買い物袋に手提げかばん。そこから飛び出したように散らばる食材や女性の私物であろうなにか。

 事故の衝撃の大きさを物語るように、それは道路の反対車線にまで吹き飛ばされたように散らばっていた。

 

 こんな光景、いったいどんなスピードで走れば起こり得るのか。


 わたしは視線を事故現場の先にむけた。

 女性を撥ねたであろう乗用車は、どこかの工場の塀に衝突して炎上した様子だけど、すでに消火活動は終わっていた。


 あの事故をおこした運転手は生存してるのだろうか。


 付近にある救急車はいまだに止まったままだ。


 次に、わたしは撥ねられた女性の安否をと視線を戻したけど、すぐに考えることを止めた。

 女性が横たわっていたであろう事故現場を見ればその可能性が限りなく低いことは誰の目にもあきらかだったから。


 わたしは最悪の結果を一先ず見ないふりをして、事故の取材を始めた。



 その事故は夕方のニュースに取り上げられ、テロップには「住宅街に暴走車」「時速100キロ以上か」「女性(42)は死亡」「容疑者は無職の男(58)」「危険運転致死傷罪が適応か!?」


 そうして映し出されるテロップの移り変わりにあわせるように、事件の概要が次第に露わになっていった。


そうして侃々諤々(かんかんがくがく)とくり拡げられるワイドショーまがいのニュース報道の末に流れた一つのインタビューが、これが、ただの悲劇ではないことを告げた。


「正美さんは本当にいいひとで……。でも正美さんまで暴走した車に撥ねられるなんて。あまりに……」


 その言葉に、記者は訊ねた。

「それはいったいどういう意味ですか?」と。

 取材を受けていた女性は、口元を噛みしめると、かなしい過去の出来事を振り返るように口を開いた。

「前に、ね。ほら、ここで……、仲の良かった親子が。おなじ、よう、に」

 女性は口から出た言葉で鮮明になっていくあの時の記憶に感情を抑えれなくなり涙を流す。

 きっと痛ましい事故だったのだろう。

 その場にいる誰もが口を噤んで、女性が落ち着くのを待った。そのとき、ふと同行していた年嵩のあるカメラマンがなにかを思い出したようにあたりを見渡し始めた。


「ここ……。まさにここだ。そんな、まさか」

独り言をもらしたカメラマンは愕然とした表情のまま躰を硬直させた。


「俺が転社したての頃だったから7年前。ここで親子が撥ねられた事故があったんだ。俺もこどもを持つ身だったから憶えている。確か名前は……」


「それが正美さんの夫と6歳だった息子さんです」

 

 はっきりとそう告げたのは、涙を拭ったさきの女性であった。


 このインタビューがニュースで、そしてSNSへと拡がるにつれて、事故を起こした運転手の男に「一般道を高速と勘違いしている」「危険運転致死傷罪でもぬるい」「もっとも重い厳罰を請う」などと国中に憤怒の声がわきあがった。


 そして諸々の事故の捜査とともに、男は起訴された。


 注目の裁判が始まろうとしていた。

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