#80 美少女からのSOS

 ダイニングテーブルの上で長く震え始めたスマホを、父が見つめる。


「京汰。華音ちゃんから電話」

「ひっ! みっ、見るなよっ!」

「だって画面が上になってたし」

『噂をすれば何とやら、ってやつだね』


 俺はスマホをひったくり、緑の通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、もしもし。京汰くん? 今大丈夫?』

「あぁ、大丈夫だけど。どうした?」

『あ、あのね……あのっ』


 電話越しの華音の声は明らかに震えていて、憔悴しょうすいしているように感じられた。俺はただならぬ事情を感じ、「悠馬もいるから」とスピーカーにする。まぁ父にも聞こえることになるが、しょうがない。


「大丈夫か? 落ち着いてからで良いぞ」

『いや、良くないの。あの……さっき、玲香のお母さんから連絡があって』

「玲香のお母さん?」

『うん。……玲香が、家に帰って来てないんだって』

「うーん。でもまだ夜9時くらいだけど」

『今日は6時には帰れるって、玲香言ってたんだって。でも3時間も過ぎてるの……』

「まぁ、玲香の所はちゃんとした家っぽいからなぁ」

『そうなの。夏の旅行の時も、男子含めて泊まりに行くのに親御さんから許可もらって来てたでしょ? 普段は帰る時間を朝に申告してから出かけるルールだし、遅くなっても11時が門限なんだって。でも今日みたいにサークルとかバイトがない時は、9時が門限らしいの。春に私の家に泊まりに来た時は例外だったけど……』

「そうだったな。そんな家の娘が、約束の時間から3時間過ぎても帰って来ない……家出とも考えられるけど」


 確かにこの年代なら、親と喧嘩したり、友達の方が大事に思えたりして、プチ家出を決行することもままあるだろう。と、父がボソッと呟いた。


『悠馬くん以外に、誰かいる?』

「あ……いやいや。でも家出じゃないんだな?」

『それはほぼあり得ないって。今日の夕飯、玲香の大好物のビーフシチューらしくて。出がけにそれを伝えたら、玲香すごい喜んでたって』

「玲香からお母さんに、遅れます的な連絡は?」

『……それはなくて、連絡しても一向に繋がらないんだって』

「電波の悪い場所にいるとか? 電源が切れてる可能性もあるか」

『うーん。前にね、9時門限の日に10時に帰宅しちゃったことがあって、ものすごい大目玉を食らっちゃったみたいで。それ以来、嫌だけど必ず守るようにしてるって玲香言ってたの。だから、玲香の友達なら何か事情を知らないかとお母さんが思って、私に連絡を。でも私は今日玲香と会ってないし……』


 なんで玲香のお母さんが華音の連絡先を知ってるのか分からないが、まぁそれは今聞くことではないだろう。


「だけど俺も会ってない。ってか“よじかんめ”で玲香にちゃんと会ってるの、華音くらいしかいないだろ。他に誰かに連絡したのか?」

『……京汰くんと、会長の所』


 なぜその人選? と思ったが、一旦よく考えてみる。


 会長と玲香。多分、想いが行き違っちゃってる2人。ついに玲香が、以前会長に「告白したことを忘れて」と言った真相を伝えに行ったんだろうか。でもそれで門限超えるって……修羅場?

 そして俺が選ばれた理由。俺と玲香の接点は少ない。2人だけで話すなんてことも、あまりなかった。でも今、華音から緊急の連絡が来てる。思えば、華音から緊急連絡が来たのは、華音の部屋が荒らされた時と、聖那さんの部屋が荒らされた時。また緊急連絡が来たってことは……事件の可能性?


『京汰くん? もしもし?』

「あ、ごめん華音。華音が俺に連絡してきたってことは……事件の可能性があるってこと?」

『玲香の部屋が荒らされたとは聞いてないから分からないけど、でも玲香のお母さん、「最悪の場合、事件に巻き込まれてるかも」って泣きそうな声で言ってたから……』

「そういうことか」

『できれば、玲香がどこにいるか、探すの協力してもらえないかな』

「分かった。俺なりに探してみるよ」


 ここで悠馬が、『でも玲香の行きそうな場所の見当とかついてるの?』と尋ねる。


「あ」

『どうしたの京汰くん』

「あのさ華音。俺からもこのこと広めて大丈夫か? 玲香の情報知ってそうな人に」

『あ、うん。あまり大事おおごとになり過ぎなければ』

「分かった。あ、華音」

『ん?』

「連絡ありがとう。あと、華音は家にいなよ。玲香のお母さんから連絡が来るのを待ってて。夜は危ないから」

『了解。京汰くんの張ってくれた結界の中にいれば、安心だもんね!』

「お、おぅ」


 おやすみ、と挨拶をして電話を切る。「美少女に全幅の信頼寄せられちゃって〜」とあおってくる父はやはり、悠馬によく似ていて憎たらしい。

 思わずチッと舌打ちをしてから、俺はせかせかと次の連絡先を求めてスマホをスクロールするのだった。

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