040 王者

カナさんの大逆転勝利に沸いた会場は、さらにボルテージを上げていた。選手入場口に集まる視線とライト。


登場するはFPS界に君臨くんりんする絶対王者。



『さあ、第3試合の時間です。まずはこの男!もはや紹介するまでもないでしょう。FPS世界大会が始まって7年…常に頂点を歩き続けるその姿は、まさにFPSの顔!優勝候補筆頭。トップ・オブ・ザ・トップ!トップ選手の入場ですっ!』



FPSというゲームの発展は、「トップ選手と運営の戦い」と形容されている。


トップ選手がその時点で最強、つまり環境トップとなるような戦略を編み出す。その戦術がプレイヤー全体に広がり、環境が構成されていく。それを受けて運営が新技、まあ、言ってしまえば対策を実装する。その繰り返しで、かれこれ7年。


7年連続。


信じられないような記録なのだが、対戦動画を見ると誰もが納得すると思う。何度も見たが、ヤバかった。組み立ての全てが最善手なのだ。無駄がない。語弊ごへいを恐れずに表現するのならば、コンピューターと対戦しているような感じ。



―――生で見たいところなんだけど…。



残念ながら、時間が来てしまった。そろそろスタンバイしなければならない。



「そろそろ時間だから、行くね。しゅん、動画よろしく。」


「おう、頑張れよーっ!」



会場から上がる歓声に、うしがみを散々に引かれつつ、控室へと向かう。


控室のドアノブに手をかけたとき、試合終了を知らせるかねが鳴った。時間にしておよそ30秒。決着が早すぎる問題。これ、世界大会のはずなのだが。



「どうなってんねん。」



なぜか関西弁で宛先あてさきのないツッコミをいれつつ、ソファーに腰かける。


テーブルにはお菓子と飲み物がひとそろえ。気を落ち着けるべく、手をつけるつもりのなかったチョコレートを口に放り込む。



―――甘い。



当たり前すぎる感想が脳内を駆け抜けた後、現実的な思考を取り戻す。今考えるべきは目の前の試合、即ち準決勝のことであるはずなのだが、イメージはその先にたどり着いてしまっている。こういう状況を「油断」と言うのだろうけど、優勝という二文字がちらつく距離、嫌でも考えが引っ張られていくらしい。



「まずは準決勝だ。」



言葉だけでも現実に引き戻し、ステージのそでへと向かう。片手で数えられるほどしかない階段、一段ずつリズムを変えてのぼる。





会場から響き続ける歓声。トップ選手の試合、その興奮冷めやらぬといった雰囲気だ。普段ならばプレッシャーに変換されてしまいそうな状況だが、今はちょっぴりの自尊心が全てをポジティブな方向へと転換してくれている。



―――世界で…たった4人しか立てないステージ…。



数か月前には想像すらできなかった光景が広がっている。トップ選手あたりは見慣れているのだろうか。思えばこの数か月、俺にとって初めて見る景色が広がり続けていた。雑だけれど一言でまとめると、とっても楽しい。ワクワクが止まらない。


加速する気持ちをなだめるように、深呼吸を2回。



『さあ!いよいよ準決勝…第一試合の時間ですっ!』



実況さんの声、その周波数をなぞるかのように、入場曲が流れ始めた。そのテンポに合わせて歩を進める。かすかに鼻をかすめるチョコレートの匂い。

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