025 控室

「ふえーっ…やばかった。」



控室に移動し、しばしの休憩きゅうけい。次戦まで3試合ほど。決勝が近づくほどインターバルが短くなるので、ここでしっかりと休んでおきたいところ。ここにいるのは決勝ステージに進んだ8人と、その関係者の人たちのみ。動画をみたり、体操したり、皆さん思いおもいに過ごしている。


空いているイスを見つけたので、とりあえず腰を下ろす。音楽でも聴こうスマホは持っているが、イヤホンを忘れてしまった。荷物は俊に預けているし、わざわざ取りに行くのも面倒。



―――まあ、座って待つか。



「あの…すみません。そこの飲み物、とってもらえませんか?」



女性から声をかけられた。視線の先にはペットボトルが数本並べられている。「ご自由におとりください」と書いてあるので、俺も一本もらっておこう。というか、テーブルの前に座っていたので、完全に邪魔をしていた。これは申し訳ない。



「あっ!…すみません。どうぞ。」



「ありがとうございます。」



女性はそのまま部屋を後にする。どうやら試合順が回ってきたらしい。決勝ステージのスケジュールを確認すると…。



―――えーっと…カナ選手か…。えっ、前回優勝者!?





「おーい、大樹だいき。こっち、こっち。」



しゅんが入口のドア付近から、俺を呼んでいる。招き猫のごとく手を振りながら。俊も関係者だから入ってきても良いはずなのだが。



「どうしたん?って、入れば良いのに。」



重すぎる腰をあげて、入口へと歩を進める。



「いや…あんまりうるさくすると悪いかな…と思って。」



「うるさくするつもりやったんかい。」



定型文だとわかってはいるが、軽くツッコミを入れつつ廊下に出る。俊の表情が結構真剣なので、おそらく真面目な話なのだろう。



「それで、何かあったの?」



まさかイヤホンを忘れたことに気づいて届けてくれた、なんてことはないと思う。カバンの奥底に眠っているはずだし、受け渡しくらいならばうるさくなることもない。



「いや…決勝戦の相手なんだけどさ…。」



まだ準決勝が残っているというのに、ずいぶんと気の早い話がはじまった。まあ、優勝するためには決勝を戦わなければならないわけで、備えるにこしたことはない。



「多分というか、ほぼ間違いなく大樹とカナさんっていう人のカードになると思う。」



「ああ、前回優勝した人ね。さっき会ったよ。」



俺が座る場所をミスって、ペットボトルをとる邪魔をしてしまった。全く気づいていなかったとはいえ、申し訳ない。



「うん。ここ数年日本人トップに君臨している選手で、プロゲーマーさん。世界大会でもベスト4まで駒を進めた猛者。」



想像以上の人だった。FPSが日本のゲームとはいえ、世界大会で活躍できるレベルとなると、かなりすごい。世界大会の出場枠は8つ。つまり世界大会ベスト4というのは、世界大会で1勝したことを意味している。…今更知ってもどうしようもない情報なのだが、知らせてくれてありがとう。



「本来はコンボ主体の戦術らしいんだけど、さっきの試合で…あ、まずはベスト4進出おめでとう。それで、大樹がゲンさんのコンボを全部止めたじゃん。」



「うん。まあ、結構危なかったんだけど。特に最後。」



見栄をはっても仕方がないので、正直に話す。最後は本当に危なかった。コンボ主体の戦術は、一度とらえられると受けが難しい。カウンターといえど、その実は回避と通常攻撃に過ぎない。回避できないと、何も始まらないのだ。



「おそらく戦術を変えてくると思うんだよね。世界大会のときと、今日のカナさん、戦術全く違うし。」



普通ならば「こちらの土俵に引き込んだぜ、やったぁ。」となるところだが、カナさん相手ではそうも言っていられないよう。全国大会のレベルで戦術の変更がきくとは…。



「まあ、大樹なら大丈夫だと思うけど、とりあえず伝えとく。見たこともない戦法を使われるかもしれんし。」



「ご忠告ちゅうこく、感謝。何とかするよ。おっちゃんもサーフィン行きたくてうずうずしてるだろうし。」



世界大会の会場、昨日の開会式で発表された。南の海に浮かぶ島国。リゾート地として有名で、海が透き通っていてとってもきれい。以前、サーフィンの大会も開かれていたはずなので、おっちゃんにとっては最高の場所だろう。


なんで妙に詳しいかというと、実は母の出張先なのだ。



―――母さんと会うの…久しぶりだな。

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