Frame per Second

くるとん

第一章 不可能を可能に

001 連勝

なぜハエを叩くことが難しいのか。



生類憐しょうるいあわれみのれいがある時代ならともかく、イライラさせられた経験を持つ人が多いのではないだろうか。これが多数の共通認識であるならば、そこには必ず理由がある。


ヒトとハエでは、脳の画像処理スピード、いわゆるフリッカー融合頻度ゆうごうひんどが異なるとされている。ハエはこのスピードがとてつもなく速く、世界をまるでスローモーションのように見ているらしい。


ハエを上回るフリッカー融合頻度を持つ生物ならば、容易にハエを捕まえられるのかもしれない。





「うわっ!あ…ちょっとまっ…。」



攻撃を完全に見切り、放たれた右ストレート。完璧なタイミング、完璧なカウンターがさく裂する。



――――――ピロピロリーン



何とも言えない効果音とともに、プレイヤー2の体力ゲージが吹き飛んだ。レトロ感がただようディスプレイには、勝者をたたえるメッセージと、100円の投入を求める表示が並んでいる。



「よっしゃい!129連勝!」



もはやゲームを楽しむことよりも、いかにこの連勝記録を伸ばせるか、そこに重点が置かれている。もちろん世界は広い。ここは地元にある小さなゲームセンターだ。この連勝記録にどれほどの意味があるのだろうか。ただ、勝利を重ねるごとに増えていくギャラリーの数。それは俺に多幸たこう感をもたらしている。



「またノーダメかよ…どうやったら攻撃当てられるんだ…。」



「やばすぎ。まじであのカウンターはやばいって。」



大樹だいき先生の見えている景色は違うのか…。」



ギャラリーさんが盛り上がってくれている。しかも「先生」と呼ばれるのは初めて。ほおのゆるみが止まらない。


誰かの言葉にもあった通り、俺の戦術はカウンターのみ。自分から攻撃を仕掛けることは、滅多めったにない。相手の攻撃をただ見切る。そしてカウンター。ただ、それだけ。


もう一勝負、と思いポケットを探るが、10円玉が3枚のみ。両替をしてまで続けるほどの熱量ねつりょうはないので、今日はここまでにしよう。とりあえず、自販機コーナーのイスに腰かける。



「やっぱり大樹にはかなわん…。」



炭酸飲料のフタを開ける音が、しゅんの声をかき消した。



「ん?なんか言った?」



「いや、何でも。そういえば、新しいリズムゲーム入ったらしいよ!さっきあずまのおっちゃんが宣伝してた。」



東のおっちゃんとは、ここの店主さん。ゲームセンターの開業が、確か俺が小学校に入ったときだったから、もう10年来ねんらいの付き合いとなっている。両親が家を空けることの多い俺にとって、頼れる大人の一人。



「リズムゲームかぁ。ゲーム機の賞品とかついてないかな?」



「大樹、最近そればっかじゃん…。」



俊にあきれられてしまったようだ。というのも、最近の俺は、最新のゲーム機が買えなかったことで頭がいっぱいなのだ。正確に言うならば、予約の抽選ちゅうせんを突破できなかった。


お年玉をせっせとめ続け、古着屋のバイトで帳尻ちょうじりを合わせ、やっとの思いで準備した大金たいきん。使うあてが無くなってしまった。今更いまさら言っても仕方ないのだが、連勝記録にこだわらなければ、もう少し早くお金を貯めることができたと思う。タイミングが違えば、当選していたかもしれない。この何とも言えない後悔こうかいを、半年前の俺に伝えたい。



「でも、さすがにちょっときてきたし…今度試しにやってみようぜ。」



本音ほんねが漏れてしまった。


さっきやっていたのは格闘かくとうゲーム。使用するキャラクター程度ならば選べるが、基本的にカスタマイズできる部分はない。その分プレイヤースキルが試される。完璧な解答などない、そんな感じでやり込んできた。


ただ、100連勝したあたりから、若干の「飽き」を感じ始めた。簡単に言うと、自分のなかで作業ゲーになってしまったのだ。相手の攻撃を見切り、ただカウンターを当てる。それだけ。単純なゲームは、一般的に「奥が深く飽きづらい」と聞いていたが、やはり限度はあるのだろう。



―――でも…趣味っていう趣味もないし。



一時期、あるマンガにドはまりしたことはあるのだが、数カ月前に最終話を迎えてしまった。足跡が描かれた最後のコマを見たときの感動、今でも鮮明に覚えている。思いで補正もかかり、他の作品を食わず嫌いならぬ、読まず嫌い状態。良くないとは思いつつも、どうしたって手が出ない。



―――カメラとか買ってみようかな?



特に興味があるわけではないのだが、何となく格好良いイメージがある。俺に似合うかどうかは別として、ああいうメカメカしいものにはあわい憧れがあるのだ。


行く先を無くしてしまったお金がある。良いカメラが結構な値段だと聞くが、初心者向けのカメラなら手が出せるかもしれない。



「明日さ、駅前の電気屋さん行かない?」



ぜんは急げ。



「昼からでも良い?俺、午前中に歯医者さんの予約入れてるんだ。」



「もちろん。じゃあ、1時くらいに、ここで。」



スマホを取り出し、スケジュール管理のアプリを開く。時間だけ入れておけば、忘れることもないだろう。



―――あらら…充電ないじゃん。



ここのゲームセンターと家は目と鼻の先。そんなに困らないが、コンビニエンスな現代社会を謳歌おうかする俺にとって、スマホの充電がないということは、結構な危機。急いで帰らねばと腰を上げた瞬間。



「お、いらっしゃい!」



東のおっちゃんだ。サーフィンが唯一無二ゆいいつむにの趣味で、臨時休業が掲げられているときは、十中八九、海へ遊びに行っている。日焼けした肌とはちきれんばかりの筋肉。俺の細い体躯たいくとコントラストをなしている。



「ども。」



ペコリと頭を下げる。顔をあげると、なぜかおっちゃんがにやにやしている。俺の顔に何かついているのだろうか。



「大樹君にお知らせがありまーす!はい、これ。」

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