甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?
ひなた華月
Prologue ぐうたら彼女との生活
Prologue 甘えたがりなぐうたら彼女
「う~ん! おいしいっ!! やっぱり
満面の笑みを浮かべながら、僕の作ったカルボナーラを食べている彼女は、少し袖が長いピンクのパジャマ姿で嬉々とした表情を浮かべながらフォークを動かしていた。
ふわふわの髪の毛は、寝癖がついたままぴょんと毛先が跳ねていて、ほっぺたが膨らむ姿はまるで愛らしいウサギの姿を連想させる。
そして、宝石のような瞳を輝かせながら料理を食べてくれるというのは、作った人間からすれば至極の喜びと言ってもいいくらいだ。
しかし、僕はそんな彼女の姿を見守りながら、同じく笑顔を浮かべて告げた。
「
「…………ほえ?」
口にパスタを含んだまま返事をさせてしまったことに多少の罪悪感は芽生えるものの、目をパチクリとさせてこちらを見てくるその仕草に、この人は問題の本質を全く理解していないのだな、と辟易した気分になってしまう。
僕は、もう一度リビングに掛けられてある時計を確認する。
時計の針は、夜中の12時を差していた。
すると、僕と同じ場所に視線を向けてくれた彼女は、やっと僕が話したいことを理解してくれたと言わんばかりに口を開く。
「あ~、大丈夫大丈夫。わたし、遅い時間に食べてもあまり太らない体質だからっ!」
残念。全然分かってくれていませんでした。
どやっ、と自信たっぷりのキメ顔を披露するのは結構だが、僕が心配していたことはもちろんそんなことではなく、もっと重大なことであった。
「……叶実さん。これから寝ようとしていた僕の部屋にいきなり入ってきて、キッチンに無理やり連行したあげく、自分の空腹を満たすために夜食を作らせたということは、これを食べ終わったら、ちゃんと仕事をしてくれるってことですよね?」
「…………」
僕が早口でまくし立てると、今まで凄い勢いでカルボナーラを食べていた彼女の手が止まる。
そして、「ごくんっ」と喉を鳴らすと、正面に座っている僕を見ながら言葉を発した。
「あ、当たり前だよぉ~。わ、わたしが約束を破らない人間だって、津久志くんもよく分かってるでしょ?」
「……ええ、よく知ってますよ。この前も同じようなこと言って、お腹がいっぱいになったからってそのままソファで寝ちゃいましたもんね」
僕がじいっーと彼女を見つめると、その視線から逃げるように彼女は目線を泳がせていた。
「そ、それは前の話であってですねぇ……そう! 今のわたしは違うのだよ!! ニュージェネレーション叶実ちゃんなんだよっ!」
「新世代になってどうするんですか」
「ほら、スマホとかも新しくなったら新世代~とか言われるでしょ? それに、なんとなく、強い響きの言葉だったからカッコいいかなぁって思ったんだけど……駄目?」
「駄目に決まってるじゃないですか」
もし、それで僕が納得すると思われていたのなら甚だ心外である。
だが、ここで口論に発展しても言葉のプロである彼女に丸め込まれてしまうので、不本意ながら強行作戦に出ることにした。
「わかりました。それじゃあ、残りは冷蔵庫に入れておきますね。お腹が空いてるのなら、ちゃんと今日の仕事を終わらせてから食べてください」
まだ食べている途中だというのは分かっていたが、僕は彼女の前に置かれたカルボナーラのお皿を手に取った。
「待って待って待って待って待って~~!!」
しかし、半べそをかきながら、僕が下げようとしたお皿を必死で掴んで抵抗されてしまった。
「やる!! ちゃんとお仕事する!! だから最後まで食べさせて!! お腹すいたー!」
もはや感情の羅列でしかない彼女の言葉は、それ故に必死さが伝わってくる。
先ほどから、この人は本当に僕より年上なのかと疑いたくなるような言動の数々を発しているが、残念ながら僕の目の前にいる彼女は、年上であるどころか、とある業界では知らない人がいないほどの、超有名人である。
「…………本当に、仕事するんですね? 嘘はつかないですね?」
「つきません! やるったらやる! 叶実ちゃんはやれば出来る子だって昔から言われてます!」
「…………はぁ。わかり――」
「わーい、ありがとう津久志くん!! いっただきまーす!」
「まだ最後まで言ってないんですけど!?」
僕の反論も空しく、彼女は再びカルボナーラを口に運んでは、百点満点の笑みを浮かべる。
「……はぁ~、美味しい~。どうして津久志くんの作ってくれる料理ってこんなに美味しいんだろうねぇ~」
ただ、作った側からすれば、こんな笑顔を浮かべてくれる彼女に、これ以上何も言うことができないのも、悔しいけど事実だったりするのだ。
これが僕、瀬和津久志が過ごすことになってしまった、日常の1コマだ。
改めて紹介すると、今、目の前にいる彼女の名前は
彼女は1日中、家ではパジャマ姿で毎日毎日ぐうたら生活を送り続けている。
だが、驚くべきことに、彼女は僕とは違い、立派な社会人なのである。
つまり、ちゃんと食べる為のお金を稼いでおり、このマンションの一室の家賃も支払い、税金だって国にちゃんと納めているどころか、同居人となってしまった僕の生活費まで払ってくれている。
しかし、僕は彼女が働いている姿を、ここに住み始めてから一度も見たことがない。
では何故、彼女はこのような自堕落な生活を送っているにも関わらず、生きていく為の貯蓄を保有することができたのか?
それは、彼女の正体に秘密がある。
齢20才の彼女には、もう1つの名前がある。
ペンネーム、
職業、作家。
代表作『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』
若干、16歳でアテナ文庫新人賞大賞を受賞。
その後、同作品は現在10巻まで刊行されており、累計20万部を超えるヒットを記録し、当時はまだ黎明期で無名だったアテナ文庫というレーベルから初めて出たヒット作としてファンからは人気を獲得している。
そして、彼女のデビューから4年後の現在。
『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』は、2年前に刊行された第10巻を最後に、続刊が未だに発売されていない。
その理由は明確にされておらず、ファンやネットの間では、編集側と揉めているとか、作者が作品の人気故にプレッシャーを抱えて続きが書けないだとか、様々な噂が飛び交っている。
「津久志くん! わたしはおかわりを所望しますっ!」
だが、僕はその理由を嫌と言うほど思い知らされた。
ライトノベル作家、七色咲月。
もとい、夢羽叶実は現在、どうしようもないほど、ぐうたら生活を満喫していたのだった。
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