3月3日

生焼け海鵜

第1話

 私はある走馬灯を見た。

 漢字如く、駆け抜ける景色はとても不思議だった。

 雛人形に守られた一家。そんな記憶を見た気がする。

 雛人形。それは、元を辿れば穢を背負い流される物。

 儚い存在。

 そんな不法投棄された、雛人形によって悪夢を見た一家。

 穢れは捨てられた事による曲がった悲しみ、それは混ざり合い呪いに変化し、何もかも消え去った一家。

 そんな一家の子孫だなんて、思ってもいなかった。

 私の家は、雛人形を飾らない習慣があった。

 理由は知らない。母は、「そんな物は必要ないよ」と言った。

 この言葉が悪夢の始まりだ。

 当時、私はこの雛人形が欲しくてたまらなかった。

 小学校中学年、友達は時期になると雛人形の話に持ちきりだった。

 この村は雛人形に守られた村と言い伝えられ、雛人形によって、その家は幸福になると言った伝説があった。

 女子は雛人形の規模の大きさを争って楽しんでいた。

「幸羽ちゃんはどうなの? お家にどんなお人形あるの?」

 そう、友達は問う。

 しかし、私は答えられない。

 だってないのだから。

 呆れられて終わる話題を、振られ困惑する私はこう言った。

「秘密」

 と言ったところで呆れられる事実は変わらない。

 そんな事を繰り返した私は、友達の輪から外され孤独になった。

 イジメられた。

 わからない。

 これは、イジメられる理由は家に雛人形がないからだ。

 そう思っていた。

 しかし、私は我慢した。いくら強請ったって何も変わらない。

 知っていた。親がそんな人間だと言うことを。

 私は、大人になって雛人形を買った。念願の雛人形だ。

 しかし、私に襲いかかったのは幸福ではない。

 悪夢だ。

 わからない。何が原因なのか。

 ピンポンダッシュされる頻度が多くなった。決まって、午前三時に。

 足音は聞こえない。ただひたすらに、呆然として外を覗いた。

 日に日に悪化していく、ピンポンダッシュ。

 そんなある日。

 いつものように、三時にピンポンが鳴った。

 何度も何度も何度も。

 鳴り止む事を知らない音に痺れを切らし、私は玄関のドアを開けた。

 そこに立っているのは、黒い影だけだった。何もない所に、物があるように振る舞う影。

 音は鳴り止まない。

 ボタンも押されていない。

 音は鳴り続ける。

 不意に、その影が姿を表した。

 それは、少女と言うべき可愛らしい姿だった。

 それは、目がなく代わりにあるのはブラックホールのような穴で、私を見つめた。

 それは、赤く染まった歯を見せ、不気味に笑った。

 体が凍ったように動かない。

 そんな影は、私に手を差し伸べた。

 体は勝手に動く。

 その手を取る。

 影は、消えていた。

 布団に潜り、ビッチャリと汗をかいていた。

 わからない。

 怖い思いしかない。

 しかし、そこにあったのは静かに微笑む。

 一組の雛人形。

 私はそれを反射的に睨みつけた。

 そして、不意に自分の中にだけれかがいるような感覚に襲われた。

 昨夜のあの少女だろうか?

 わからない。

 少女?

 記憶が混濁している。

 とりあえず、朝の支度をする。

 一人暮らしをしている為か、思うように物事は進んでいく。

 最近、寂しいなと感じているが、まぁ仕方ない。

 このアパートはペット禁止だし、彼氏なんてものはいない。

 そんな悲しい現実を考えながら、食事をする。

 不味くも美味しくもないパンを頬張り、ふと雛人形を見た。

 それは、優しく微笑んで見える。しかしどこか睨みつけるようにも思えた。

 家から一歩出ると何者かに引き戻されるような力を感じた。

 そして焦げ臭い匂い。

 いや、嗅いだことのない匂い。

 私は、そんな匂いを無視し保育園に向かう。

 一様、どう見えているかは分からないが、保育士の仕事をしている。

 至って普通の先生をしている。

「おはようございます」

 そう言って、職員室に入る。

「佐藤先生、おはようございます」

 と同僚の鵜飼先生が返事をする。

「今日のお遊戯会なんですけど、こんなものをやろうと思いまして」

 そう言って、書類を渡してきた。

 ドッジボールに鬼ごっこ。シンプルだな。

「いいんじゃない?」

「じゃ、やりますか。ところで後ろにいる女の子って誰ですか?」

「誰って? 居ないじゃないですか?」

「そうですか? まぁいいんです。私の目には目が無い女の子が立っているんですよ」

 まさか。あの少女がここまで付いているって事?

「佐藤先生。これ」

 なにか言いかけた鵜飼先生は何故か、口を抑えて部屋を出ていった。

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