恋愛の10.5 憂鬱(サロメ視点)

 × × ×



「この花瓶も、随分と花が増えたモノだ」



 贈り物が始まったあの日、ゼノビアが寄越したのは大きな花瓶だった。私はその時、見向きもせずに捨てろと命じたのだが、ゼノビアは聞かずに全てを律儀に残していたのだ。

 透明で青いガラスの瓶に、毎日渡される花を一本ずつ差していくと、ちょうどここにあるようにグラデーションになったのだとゼノビアが言っていた。ひまわりを探しながらこんな手の込んだことまでするなど、本当に理解が出来ない奴だ。



「……ここ、もう枯れそう」



 しおれた一本を抜いて、そこに今日受け取った同じ色の花を差す。毎日、それの繰り返し。奴の思惑通りに自分が動かされている気がして腹が立つが、感情はモヤモヤと沸き立つこの気持ちに抑えられてしまって、どうにも花瓶をひっくり返すことが出来ない。

 しかし、立ち尽くしているのもバカらしく思えて、だから大きすぎる机の椅子に深く腰かけ、黙って窓の外を見る。すると、数分の後に三回、この部屋の扉が叩かれた。



「失礼致します、サロメ様」

「あぁ、ゼノビアか。どうした?」

「頼まれていた、真々木巴の調書です。ご査証を」



 二人の時には言葉を直せと言っているのだが、真面目なゼノビアはいつもそのままの口調で会話をする。甘えん坊で、すぐに砕けてしまうルーシーとは正反対だ。



「……なるほど、男娼か。確かに、それなら言葉を知らずとも働けるな」

「あの店を持つまでの約一年は恐らく、知識や知能が無くとも疑われない、奴隷と身分を偽っていたのでしょう」



 聞いて、初めて会った時、奴が奴隷が地獄のようだと言っていたのを思い出した。



「現在は、不動産屋のテレサ・フィリアノートの養子として、住所と戸籍を取得しているようです」

「バカな男だ。奴隷など、この国にはおらぬというのに」



 どうしてか、その苦労を考えてしまう。きっと、人扱いなどされなかったはずだ。この上ない苦痛の続く日々だっただろう。……ひょっとして、そんな地獄の底を這いつくばっている時にも、奴は私の事を思っていたのだろうか。



「元の証拠と共に捨てておけ、あいつは異世界人だ。それに、これからの商売に泥が付くかもしれない」



 言わなかったという事は、奴もあまり知られたくない事なのだろう。何の褒美も求めなかったのだから、それくらいは許してやってもいい筈だ。



「ここにあります。女王様の手で、破棄されては如何いかがですか?」

「何故、持っているのだ」

「調べろと命じられた時に、サロメ様がそう仰ると思っていたので」

「……まったく、ゼノビアは頭が過ぎる」



 それを受け取って細かく破くと、ゴミ箱へ入れて火を放った。煙もなく燃えたのは、たったの一瞬だ。すぐに形を失って消え去ると、後には夕闇にく鳥の声が聞こえた。



「考えていたのですか?トモエの事を」

「少しな。奴め、イスカから帰ってまだ一週間だというのに、もう次の旅に出ると言っていた」

「……今日の花は、直接受け取ったのですか?」

「仕方あるまい。お前には、つかいを頼んでいたのだからな」

「ふふっ、そうですね」



 笑われ、私は誤魔化すように羽ペンの先にインクを浸した。……何故、笑われたのだ?



「トモエは、今度はどこへ行くのでしょうか」

「東の海だ。どうやら、今度からは売買の仲介役を商売とするようだ。ルーシー・ブレンドの買い手には外国の商人が多かったらしく、其奴そやつらを相手にすると言っていたぞ」



 予約の数は既に来年までいっぱいで、私の想像を遥かに超えていた。



「なるほど。それならば、他国の情報を得る機会も多いでしょう。規模も拡大して、本格的な利益も期待できます」



 物事は、全て真々木巴の言った通りに進んでいる。しかし、顔を思い浮かべるとやはりモヤモヤと煙が立って、どうしても何か一つでも否定してやりたい気分になってきてしまった。



「……だから、しばらく帰らないのだ。この国にも客はいると言うのに、あの店はどうするのだろうな」



 言って、再び思いにふけると羽のインクは白い紙に垂れ、しかし何かを書く用事もないから、再びペン立てへその羽を戻した。



「国家を上げてのプロジェクトなのです。兵の一人くらい、貸してやってもよいのではないですか?」

「……まぁ、ゼノビアがそう言うならいいだろう。明日、日の出るより前に一人寄越してやれ」

「かしこまりました」



 そして、ゼノビアは私を黙って見つめていた。その赤い瞳は、いつも私を落ち着かせてくれる。



「どうした、まだ他に何か用があるのか?」

「いいえ。ただ、サロメ様はトモエと出会って、少し戻ったと思いまして」

「何を言う。私はまだ、男を信じた訳じゃない。その証拠に、奴の稼いだ金と兵士以外には何も貸していないだろう」

「分かっていますよ、トモエが少しおかしいだけ、私も同じ気持ちです。それに、あなたが国を統べなければ、この国の民たちは……」

「言うな、ゼノビア」

「……失礼致しました。出過ぎた真似をしたこと、お詫び申し上げます」



 言われ、私は立ち上がった。



「気にするな。疲れているのだろう、今日はもう休め」

「そうさせてもらいます。ペーパームーン雑貨店への派遣はお任せを」

「うむ、ご苦労だった」



 ゼノビアを見送って、私はブラウスの第一ボタンを外した。真々木巴と、あの日の男たち。その姿があまりにも違い過ぎて、息が詰まるような感覚があったからだ。

 このモヤモヤは、一体どうすれば治まるのだろう。その答えを、私は今すぐに知りたかった。


―――――――――――――――――――――――――――――

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