大好きな彼女の笑顔を守りたい

眞鍋 晋平

第1話 俺とミサ

暗い、何も見えない。ここはどこだ。

「誰か、誰か......」

あたりは一面暗闇で、誰の返事もない。世界に一人だけ取り残された感覚。誰もいない世界を認識した途端に強烈な孤独感を感じた。

孤独は苦手だ。一人にしないでくれ。

「誰か......。誰か応えてくれよ.....。ミサ!ミサーーー!」

咄嗟に出た名前。何よりも愛おしく誰よりも愛している女性の名前を、俺は叫び続けた。

暗闇の世界の中、空しく木霊こだまする声。

「ミサ...ミサぁ......。」

膝から崩れ落ちてしまう。寂しい。ただそばにミサがいてくれればそれだけでいい。涙が溢れてくる。

俺は、もう一度ミサに会いたい。あの笑顔にもう一度。

「--きて」

--声が聞こえてきた。

聞き慣れた声。愛おしいその声がする方へ歩いていく。

胸が温まる気がした。もう一度、俺の名前を呼んでくれ。話しかけてくれ。

孤独から救ってくれるその声で。



「ワタル!!起きてーーー!!」


「うわ!!」

耳元で放たれたその大声に驚き、完全に覚醒する。

「もう、ねぼすけさんなんだから。私が起こさなかったらお昼まで寝てるつもりだったでしょ」

「ああ、悪い。ありがとう」

「でも、寝言で私を呼んでくれてたのは嬉しかったよぉ。「みさー!みさー!」って」

「お、お前な.....って寝言聞いたのか」

「えへへー。きいちゃった」

いちいち話し方が可愛いこいつは幸平ミサ。薄いブルーの大きめのパーカーにデニムのショーパン。黒く艶やかな短めの髪をポニーテールでまとめている。

犬の尻尾みたいでかわいい。どこをとってもかわいい俺の自慢の彼女だ。

だが、そのパーカーの不気味な熊はなんだ?

「ベア丸くんだよぉ。ベア太郎の弟でね、かわいいの」

説明されてもよく分からないが、ベア丸。覚えておこう。

そんなことよりお腹がすいた。朝ごはんを食べて学校へ行く準備をしよう。俺は居間へ移動して座布団に座った。

テレビでは天気予報が放送されている。今日は晴れるが寒いらしい。寒いのは嫌だな。

さて、今日の朝ごはんはご飯とみそ汁、目玉焼きだ。

「じいちゃんおはよう!朝ごはんありがとう」

「おう。ワタルおはよう。ミサちゃんも、おはよう!今日もかわいいねー」

「おじちゃんおはよう。おじちゃんは今日もしぶいねぇ」

孫への挨拶よりミサへの挨拶の方が明るいのはなんだか引っかかるが、いつものことだ。もう慣れた。

俺は今、じいちゃんと二人暮らしだ。父さんと母さんは3年前から出張で海外にいる。朝ごはんはじいちゃんが作ってくれるが、晩ごはんは俺がつくるルールになっている。

「年を取ると朝が早くなるからな。任せておけ」

じいちゃんの言葉に甘えている。じいちゃんの作るみそ汁は絶品だ。今日はジャガイモとわかめの味噌汁。これもまた美味い。

目玉焼きの焼き具合も半生で最高だ。俺が朝ごはんを食べている間ミサはというと。

「--でね、私の名前呼んでたの。「みさー!みさー!!」って」

「朝からのろけ話かい?ミサちゃんは今日もかわいいね」

みそ汁を噴き出した。

「お、おまえな!そういう話は」

「わぁ、ばっちぃ!ワタルばっちぃよ」

「はっはっは。いやぁ、若いのはいいのぅ」

盛大にむせた後、ご飯を食べ終えて制服に着替えるため部屋に戻る。ミサとじいちゃんはテレビの占いを自分の星座が何位かの予想を話しながら見ている。

着慣れた制服に着替え窓の外を見た。雲一つない青空が見える。今日から新学期。眠たいな。



家を出て駅へ向かう。4月とはいえ外はまだ寒い。道路脇に植えてある桜には満開の花が、これでもかと花びらを散らしている。この寒さもあって雪みたいだな、と考えていると駅についた。電車はすぐに来た。車内にはどこか着慣れない制服を、どちらかというと制服に着られているような生徒の姿がちらほら見えた。

新一年生だろうか。俺も去年はこんな感じだったのかな。車内を見渡すと空席を見つけることができた。

今日は運が良く電車で座ることができたが、このまま何もしていないと寝てしまいそうだから昨日買ったラノベでも読もう。異世界召喚系の作品だ。

この前は2駅先まで寝過ごして、遅刻するところだった。

「あのときはびっくりしたねぇ。ワタルすやすやぁだったもん」

じゃあ、なんで起こしてくれなかったんだ。あのせいで走る羽目になったんだぞ。

「えへへ。ごめんねぇ」

ミサがいたずらに笑って謝ってきた。まったく、かわいいな。俺は読書に戻ることにした。

今読んでいる最新刊では眠り続けていた人気キャラが目覚めるのだが、ツイッタとかでネタバレしている輩は何を考えているのやら。

アニメ勢が望まないネタバレをするような幼稚な奴にはなりたくないものだ。それはそうと、新章に突入したこの巻ではどんな展開になるのかワクワクだ。

(--なるほど、こうくるか)

と、読み進めていたら学校最寄りの駅に到着した。今日も遅刻せずに登校できそうだ。


駅から学校までは少し距離があり、通学路には大きめの公園がある。この公園は何度かミサと学校帰りに寄ったことがあった。

「今日もいい天気だねぇ。お散歩に行きたくなるなぁ。ねえ!学校行かずにお散歩デートしようよ」

「いーや、今日は新学期初日だぞ。初日にサボるなんてどこの安達だよ」

「あ、そのアニメ私も見てた!って、一緒に見てたもんねぇ。ふふ」

「あれは2期をぜひアニメで見たい。あの後の展開もいいんだよな」

「えー、気になるー。じゃあお散歩デートは土曜日ね!ヤクソク!」

「ああ、わかった。土曜日な」

土曜日の約束をして歩いていると学校についた。


靴を履き替え、掲示板を確認する。

(薬師寺やくしじ、薬師寺っと)

2年生になる今日、自分は何組になるのか。それにしても、自分の名前を掲示板で探す作業は原始的で時間がかかる。メールで教えてくれればいいのに。

とはいえこの作業を好む層も一定数いるんだろうな。掲示板周辺はどこか和気あいあいとしていた。ガッツポーズをして走って教室に向かう女子生徒もいた。

見ている掲示板からして同学年だろうか。走るたびに上下に揺れる大きな胸が印象的だった。

「......ワタルのえっち。大きいおっぱいが好きなの?あったよ、3組だって」

「ち、ちがわい!!」

大きな声を出してしまった。周りの視線が痛い。愛想笑いをして教室に向かうことにした。大きな胸は嫌いではないし、見てしまうけれど好きというわけではない。

男のサガだ、許して欲しい。揺れていたからなおのこと目がいってしまっただけで。

「ふーん」

ミサは自分の控えめな胸に手をあてて拗ねてしまった。拗ねたミサも可愛いんだが、ここは誠意を示さねば。

「俺はミサが一番だから、ミサの控えめなその胸が大好きだよ」

そう、俺にとって大きさは重要ではないのだ。誰の胸か、そこが肝心なのだ。

「控えめ、は余計だよぉ。でも、ありがと!」

そう言って笑ったミサの顔をみて思う。やっぱりこの子の笑顔は子犬のようで、天使のようで何よりもかわいい。ラノベのヒロインかと思うレベルにかわいい。

改めてミサの可愛さを確認したところで教室に着いた。黒板に張られたプリントに座席が書いてあった。50音順。窓際の一番後ろ、掃除用具入れの前だ。

去年もそうだったが分かりやすくて良い。名字からしていつも窓際をキープしていた。今年は一番後ろか。座席に向かうとさっきの(胸の大きい)女子生徒が

隣の座席に座っていた。文庫サイズの本を読んでいるが、カバーをかけているので何を読んでいるかは分からない。ラノベではないよな、と考えていると

「あ、薬師寺くん。おはよ」

彼女から挨拶をされた。名前を知られていたことに驚いたし、胸を見ていたことに罪悪感を感じた。

「おはよ。今日も寒いね」

と、挨拶をしたけれど名前は分からなかった。こういうときは挨拶と天気の話をしておけばなんとかなる。名前もあとで確認しておこう。

席に移動しようとしたところでミサが近づいてきた。息がかかるくらいに近づいてきた。ち、近いぞ。どうした。

本間ほんまさん。同じ中学だった本間さんだよ。中学でクラスも一緒だったのに覚えてないなんて冷たいねぇ」

「あ!本間さん!!」

「......!!は、はい!!なんでしょうか!」

「あ、その、なんだ。これから1年よろしくね」

「う、うん。私も薬師寺くんと同じクラスになれてうれしいよ。よろしくね」

中学のころはあんなに大きくなかった気がするのに、成長はすごいな。どこが、というのは言及しないようにしておこう。

座席に着いて1時限目の授業の準備を始める。新学期早々1時限目が古文というのは寝かしにきているな、なんて考えてしまう。

本間さんも教科書とノートを取り出していた。どこか嬉しそうな顔をしている。ガッツポーズをしていたのも本間さんだよな。何がそんなに嬉しかったのか

分からないけれど、まあいいか。

そうこうしているうちに授業開始5分前になった。

「あ、授業始まっちゃうねぇ。またねぇ」

ミサが走って教室を出て行った。

何も走らなくてもいいのに元気な奴だ。そんなに古文の授業が嫌なのか、ミサのことだしそれもありえるな。

--先生が教室に入ってきた。

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