第6話
「キトラ、キトラか! どうだった、今日の調子は!」
今日は随分と気分がいいらしい。こうして笑っている所を見るのは、随分と久しい。
「はい、本日も依頼通り、獲物を献上して参りました」
「そうかそうか、お前は腕が落ちぬ。これからも励むがよい」
「貴方様、こちらの方は?」
僕の目が大きく開かれた。永遠に聞く事はないと思っていた、尊いその声。
赤い唇から漏れ出た声は、五年前に中庭で聞いた、マルゼッタ様の声そのものに聞こえたのだ。僕の記憶が正しければ、そっくりそのまま声だけを移したよう。
「おお、ハッセン。こちらはキトラといってな、大変腕の立つ猟師なのだよ」
「まあ、それはそれは。私はハッセンと申します。最近この国にやってきた魔術師にございます」
陛下の顔に、また笑みが咲いた。しかし、目は曇っているようにも見える。
まるで何も写していないような眼で、僕を嬉しそうに見つめる。
「そしてな、キトラ。これは今朝方決まったのが、私はハッセン殿と結婚することになったのだ! テレジーナにもまだ母親が必要だし、私の心の癒しとしてもこの方は実に良い」
「まあ、あなた様ったら。マルゼッタ様に悪いですわ」
その名を呼ぶな。汚らわしい。
心の底からそう思った。どうしてそう思ったかはわからない。だけど心の底からそう感じ、きっと顔にも出ていたであろう。
目元まで伸びた髪がなければ、表情が変わった事を見抜かれていたかもしれない。
「キトラ、もう下がってよいぞ。これからハッセン殿、いや、ハッセンとの事を報告しに参らねばならぬのでな」
釈然としないまま、僕は部屋から出た。苦虫を噛み潰したような気分である。
本来は喜ばしい事であろう。ようやく死んだように生きていた陛下に元気が戻られる、と安堵する事であろう。
しかし、陛下の目を見て思う。本当にこれが運命の幸せなのだろうか。仕組まれた幸せなのではないのだろうか。
家臣達にも内緒であった為、城内は小さな小競り合いがあったようだ。しかし国王の権限というのは、どんな反対があったとしても、絶対であった。
国全体に発表された後も、街は何も変わらなかった。むしろ以前よりも活気があるよう。悲しみに包まれるのは、もう終わったのだ。
僕とラオの間には、三人の子供が生まれた。
結婚した翌年に生まれた長男、キラ。そして次男のシアン。二人は一つ違いで生まれ、上の子が八つになった頃に、狩猟の仕方を教え始めた。
一番下の子は女の子で、シアンの生まれた三年後に生まれ、ジーナと名付けた。
テレジーナ姫から字をいただき、ラオによくくっついて回っていた。
しかし自我が芽生えだすと、兄たちが少しでも悪戯をしようものなら、すぐに怒ったりして母親の真似事を始めていた。子供たちの成長が、何よりの楽しみだった。
国王の髪は白に染まり、皺も増えた。
以前よりも随分と老け込んだお姿が、真の幸せではないと饒舌に語っているようにも思える。
しかし女王のハッセン様は、初めてお目にかかってから老けを知らない。齢は未だに知らないので、どうにも言えない。
だが人の心を掴んで離さないような目も、何も変わらなかった。
テレジーナ姫は、日に日にマルゼッタ様に似ていくようになったが、それ以上に人を惹きつけるナニかがあった。
自然の中をこよなく愛し、よく僕らの街にも顔を出す。やはり血筋は争えないのだろう。
全ての民からの愛をその身に受ける、優しさの塊のようなお人に育った。悪意を持つ人など、誰もいなかった。
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