第4話
「キトラってさ」
コップを取り出して注いでいた。ラオは火を止め、皿に盛りつけを始めていた。
「不器用だけど生真面目っていうかさ。そんな感じだよね、昔から」
「唐突だなあ。何も出ないよ、お茶以外」
こんがりと焼かれた肉の傍には野菜も添えられ、日々の学習の成果が見られる。城へ行く前は大衆料理向けだったからか、繊細で綺麗な盛り付けなんて見た事もなかった。
その後というのは、お分かりの通り。料理そのものの腕も、盛り付けの仕方も上達していった。それでもラオはまだまだだ、と口癖のようにいっている。
「食べよう。ほら、さっさと運んだ運んだ!」
お皿を持って、二往復。今日の献立は鴨肉のバターソテーとコンソメのスープ。そこらの家よりも豪勢だと思われる。食卓に着いて、胸で手を組んで食べ始めた。
父から教わった、狩猟の腕だけでの生活。僕にこの仕事以外の才はないが、それでも僕は満ち足りていた。
今の普遍的な生活にも、未来への希望も、何もかも。
食後、ラオはさっさと片付けを終わらせて、帰って行った。ラオとは恋仲ではないが、意識していない訳でもない。
なんだかよくわからないまま、ずっと接して今までの時間を共にしてきた。
そうやって終わっていく一日。これからも変わらないまま、平和なまま過ごしていくのだろう。
しばらくして街は、いや、国は歓喜に包まれた。女王様が可愛らしい女の子をご出産されたのだ。
姫にはテレジーナと名付けられ、国民全員がその出生を喜び、祝福の祭りが三日三晩、執り行われることになった。
もちろん僕が住む街でも盛大に祝われた。僕には仕事がどんどん来るし、ラオは祭りの間中は家に帰れないと笑いながら愚痴をこぼしていた。
おかげで僕の夕飯は、三日とも祭りで売っていた物になってしまった。
献上の旨を伝える為に玉座の間へ行った時も、陛下と女王様がお子様を抱きかかえ、幸せに満ち溢れた表情を浮かべておられた。
今日も依頼を受けた動物を城に届け、部屋へ向かう。僕まで幸せな気持ちが伝わってくるこの期間を、僕はもっと大事にしようと思っていた。
祭りが終わって一週間ほどたったその日。
部屋へ入った時に、姫を抱きかかえて笑っている女王様が居ない事に、一抹の違和感を覚えた。
出産後、玉座の間に居ない事はなく、むしろ幸せのご馳走をおすそ分けしていただいていた。
だから僕は今まで以上に仕事に精も出たし、謁見する時間が待ち遠しいくらいだった。
その少しの間で刷り込まれたいつも通りがない。それだけで、とてつもない不安に駆られた。
だからといって仕事を全うしない理由にはならない。
もやもやとした気持ちを落ち着けながら膝を着いて報告をしている時、それは起こった。
「国王陛下、大変です! マルゼッタ女王様が……!」
若いメイドが部屋へ飛び込んできたのだ。それは喜ばしい事ではなく、ただひたすらに不安を掻き乱すような表情で。
ざわつく廊下。絶えない足音。全ての色が反転してしまったよう。膝を着いているのに、地面が揺れているように感じる。
「すまぬキトラ、私は少し席を外すぞ!」
顔面蒼白とはこの事だ。いつも堂々たるそのお顔には、絶望の文字が見える。
僕の隣を駆け足で去っていく陛下を見ながら、僕はゆっくりと立ち上がった。右手で顔を覆う。
平穏な暮らしと待望の姫がいる。ただそれだけで幸せだったのに。その幸せが崩れてしまう。
ただひたすらに、僕は恐怖した。自分の中の何かが、バラバラになって砕けてしまうような、そんな感情に打ちひしがれた。
だからこそ、許された立場ではないと知りながら、僕は陛下の後を追った。
ドアの前で呆然としていたメイドも同じように後を追いかけ、部屋に辿り着いた時には大勢の下働きたちが、ベッドを取り囲んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます