ヴェルデの猟師

仮名

第1話

 立派な角を持つ鹿の命が大きく咲いて、散った。


 僕は猟銃を下ろして肉の塊になったそれに近付き、短く黙祷を捧げた。

 ずるずると引っ張って、既に鴨が乗っている手押しの荷台まで連れて行く。まだ少し肌寒い春先にも関わらず、僕の額にはうっすらと汗が浮かぶ。

 帽子のつばを少し浮かせて汗を拭う。


 既に耐えた命を乗せて街に着いた頃には、太陽が傾いてオレンジ色の空の下、商い人の活気良い声が飛び交っていた。

 それらを抜けて、城門の前へ。身分証である銀のプレートが付いたネックレスを門兵に見せる。

 プレート部分には役職と名前が彫られていて、城に仕える者は誰でも持っている物だ。

 ご苦労、と門を開けてくれ、僕も帽子を上げて礼を返す。中庭の真ん中に真っ直ぐ伸びる渡り廊下を進む。庭を抜けるとキッチンの勝手口が見えてくる。

 城に取ってつけたような小屋。煙突からは白い煙が上がっていて、お腹の空く匂いと共にたなびいていた。


 勝手口の前で小さな椅子に座って煙草を吸っていた、線の細い男の宮廷料理人に手を振り、荷台を引き渡した。

 鴨はついでに狩ってきた物なので、好きに使ってくれと一言添える。男は、こりゃあ腕が鳴る、と大変喜んでくれた。たれ目がちな目の端にしわがよる。

 すると扉からひょっこりと出てきた見習い料理人のラオが、濁った眼の動物たちを見て感嘆の言葉を漏らした。


「いつも思うけど、キトラの仕留める動物はどれもこれもすごいね。立派な角……」


「いつも運がいいだけ、ただそれだけだよ」


 腕を組んで、小首をかしげて見せた。赤茶けた短い髪が首元で揺れている。


「私には狩猟も魔法の才もからっきしだから、すごいなって思うけどなあ」


「でも料理は上手いだろ」


「そうでした」


 ぺろりと舌を出しておどけて見せるラオは、仕込みがまだだから後でね、と早々に手を振って戻って行った。

 まるで夕日のようなオレンジをした髪を揺らしながら、扉の向こうへ消えていく。


 ラオは僕と同じ二十二歳という若さなのに、国王陛下直々にスカウトされた腕を持つ。

 小さな料理屋の娘であるラオの腕を認められ、宮廷入りしたのだ。王が下町の、それも小さな料理屋などに行く事自体は、この国では珍しいことではない。

 国民の生活を垣間見るのも仕事だ、とよくお忍びでやってこられるのだ。


 ラオの力は元居た料理人の舌を唸らせるほどであった。彼らの下についてもう四年ほどになるが、輝く笑顔と持ち前の負けん気で日々を生きている。

 僕も負けていられない。宮廷のお抱え猟師は僕の他にもたくさんいるのだ。僕は猟銃をもう一度背負い直して玉座の間へ向かった。


 赤のカーペットの上を歩きながら、帽子を脱いだ。金色の髪が、目先でちらちらと揺れる。

 前髪の一束をつまんでみる。随分と長くなった。そろそろ整えなければ。

どうでもいい事を考えながら、部屋の前に槍を持って立っている大男に、再度ネックレスを見せた。


「そういえば今日も立派な鹿を狩ってきたって?」


「いやいや、そんな。もう噂になっているんですね」


「城の者は一日ここにいるからなあ、噂話がすぐに耳に入る」


 がはは、と豪快に笑った男に猟銃を預け、一度会釈する。ばしんばしんと背中を叩きながら、愉快そうに笑った。

 いまだに名前すら知らないが、そろそろ聞いておかねば失礼だな。ぎい、と開けられた仰々しい扉をくぐる。

 その先には体格の良いお方が立派な玉座に鎮座していた。黒髪の頭には、宝石を散りばめた王冠が乗っている。


「キトラか。もう噂は入っておるぞ」


 細い目をさらに細め、僕を見るなり楽しそうに話す。このお方こそ、ヴェルデを収める国王陛下であった。玉座の手前で膝を着き、頭を垂れる。


「はい。依頼を受けていた鹿と、ついでに鴨を一羽、狩って参りました」


「毎度毎度、そなたは腕が立つ。次の依頼も期待してよさそうだ」


「いえ、そんな。僕なんてまだまだです」


 人当たりの好い笑みを湛える国王は、活躍を期待しておるぞ、との言葉を投げかけてくださった。僕はもう一度、胸に手を添えて会釈をしてから立ち上がり、再度一礼してから陛下に背を向けた。

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