第9話 「会いたくて会いたくて、」



 人目に付かないところを選んでオーファスの森に来たけど、正直ここ苦手なんだよな。オバケ怖いし。アンデッドって見た目も気持ち悪いからクエスト終わった後はあまり近寄らなかったもんなぁ。

 でも今の俺は魔王だし、モンスターと戦う必要もないから少しは気が楽だな。魔王、クラッドはここのモンスターたちも守りたいワケだし。みんな仲間、って思えばいいんだよな。

 それにしても、さっきから全然魔物を見かけないな。もっと出くわすと思ったんだけど、ゲームみたいにランダムエンカウントなのか? でもそうなると敵も不可視化してるってことになるけど、魔物ってみんなそうなの? さすがにそれはゲームのシステムだけで実際はちゃんと目に見えて存在してるものだと思ったんだけど。

 もしかしたら見えないだけでその辺に魔物がいるかもって思ったらなんかちょっと怖いな。今は敵じゃないとはいえ、見つかりたくないし。とりあえずグルーっと全体を見たら帰ろうかな。



 見慣れてくるとこの森も神秘的な雰囲気を感じなくもない。

 敵が、じゃない。今はもう俺の仲間だった。モンスターが一匹もいないからそう思うのかもしれない。

 薄暗い森に、淡い光を放つ植物。途中にある美しい湖。こうして見れば絵画にありそうな風景だ。

 なんでも思い込むのは良くないな。ゲームやってるときももっと探索しておけばよかった。今更そんなこと思っても仕方ないんだけどさ。

 ゲーム、か。この世界は今になってはここが現実だけど、ついこの前まではゲームの世界だった。二次元だった世界が三次元になるなんて、不思議だな。

 学校でいじめられてるとき、何度も思った。あの世界から消えてしまいたいって。どっか違う場所に逃げたいって思っていた。まさかそれがこんな形で叶うとは夢にも思わなかったな。


 こうして一人でいると、元の世界のこと考えてしまう。

 俺はただの高校生だった。ゲーム、ラスト・ゲートだけが俺の楽しみだった。それ以外に生きる意味なんてなかった。必要以上にいじめられないように大人しくして、暴力に耐えて、親に勘付かれないように家ではヘラヘラ笑って。

 そんな俺がこの世界で魔王だなんて笑えるよな。クラッドの思いを託されたとはいえ、ただの一般人だった俺に何ができるのかな。

 いや、別にネガティブになってるワケじゃない。前向きにちゃんと考えてるつもりだ。俺なりにクラッドが成し遂げたかったことを叶えられればいいなと思ってる。

 ただ、今のところそのやり方が分からない。

 クラッドは100年間頑張って、それでも人間との争いを終えることが出来なかった。俺もそれくらいの覚悟をしなきゃいけない。何年、何十年、何百年。どれくらいの月日が経とうとも。


 だからせめて、勇者の顔を一度だけでいいから拝んでおきたい。

 それが出来たらもう満足だから。頑張って魔王として頑張るから。どうせ俺が勇者と戦うのは最後だし。

 今後の活力として憧れの勇者様を見ておきたい、っていうのは魔王としてはおかしいことだと思うけど、一回でいいんだし。一回で済むならいいんじゃないのかな。

 だって勇者は俺にとって特別だったんだ。俺にとって唯一の「生きる意味」だったんだ。

 だから、それくらいはバチは当たらないだろ。


「……とはいっても、勇者が今どこにいるのか分からないんだけどさ」


 勇者が魔王城に来るまで待たなきゃダメかな。

 でもそれっていつになるんだ? ゲームの攻略的なことを考えると、結構ストーリー長いけどそれがこの世界でそのまま起こることなのかどうかも分からない。

 そもそも、勇者だってプレイヤーによって話の進め方はバラバラだ。基本的にストーリー自体は一本道だけど、クエストの進行は自由だ。

 この世界の勇者がどうやって進めていくのか、そして俺の知ってるストーリーが繰り広げられるのかも分からない。

 つまり、この世界がどうなるのかは勇者次第ということになるのか。

 だけど、俺の知ってるストーリーとは異なってくる。

 だって俺は、勇者に負けるわけにはいかないんだ。

 殺さず、殺されずに済むのなら、それに越したことはないんだけど。


「……勇者と魔王が、仲良くなれれば……いいのかな」


 そんな都合のいい話、有り得ないとは思うけど。

 勇者は魔王を倒すために冒険に出るんだ。そう簡単に話を聞いてくれるとは思えないな。


「勇者……」


 なんか、会うの怖くなってきた。

 向こうは俺に敵意を持っている。魔王を、俺を殺しにくる勇者を見て、俺はどう思うんだろう。

 むしろ、会わない方が良いのかな。憧れのまま、綺麗な記憶のままでいた方が良いのかな。


「…………帰る、か」


 このまま森にいても仕方ない。遅くならないうちに帰ろう。

 そう思い、空へと飛ぼうとした。


「っはぁあああ!!!」


 不意に草陰から誰かが飛び出し、剣を振り上げた。

 敵。人間。

 俺は反射的に手を翳し、防御壁を展開しようとした。

 だけど、それは無意味に終わった。


「……………………っ、え?」


 俺を斬りつけようとした剣はその者の手から落ち、地面に突き刺さる。一体なんだったんだ。戦闘になるのかと思ったのに、相手はそのまま動かなくなった。

 突然のことに思考がついてこない。何かの罠なのかと警戒するも、何も起こらない。


「……あ、あの?」


 翳した手をそっと下ろし、相手の様子を見てみることにした。


「…………え?」


 薄暗い場所で、しかも急なことですぐには分からなかったけど、よく見たら相手の格好、知ってる。

 そう、よく知ってる。

 ずっと見てきた。

 見間違えるわけがない。


「お、まえ……」


 ピクリとも動かない相手に手を伸ばそうとした、その瞬間。は、そのまま地面に突っ伏してしまった。

 顔が青ざめてる。それに変な発疹みたいなものが腕に出てる。これ、毒か。この辺のモンスターと戦って毒を受けたんだ。

 どうしよう。このままここに居たらモンスターに見つかってしまうかもしれない。確か近くに洞窟があったはず。そこに連れていこう。

 俺は魔法で彼を浮かし、誰にも見つからないように移動した。


 大丈夫、大丈夫だ。

 ここでお前を助けるのは魔王として間違ってるかもしれないけど、今だけは。


 今だけは。


「死なないでくれ、……!」





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