紅い死神ー百魔剣物語・外伝ー

せてぃ

第1話 傭兵リディア・クレイ

 受付に座るのは、右目を黒い革製の眼帯で覆った、痩せぎすの男だった。艶なく張り付いた肩まである長い頭髪のせいで、印象としては生前の名残がある骸骨が話しているように見える。


「……そりゃあ、『将軍閣下』の話なら信じますし、当然、受付もしますがね」


 骸骨がこちらを見た。ほとんど輝きのない、黒いだけの瞳が、品定めする目を向けて来る。


「『将軍閣下』はよせ。わかったなら、さっさと受付を済ませろ」


 骸骨と受付の机越しに向き合った初老の男が言う。声は低く、静かだが、相手を動かしてしまう凄みは、やはり歴戦の猛者のものだ。視線をやると、骸骨とは対照的な姿が映る。上背はさほどないが、鍛え上げられた筋肉に覆われた身体。えらの張った、がっちりとした顎は濃く黒い髭に覆われ、鼻の下の髭と繋がっている。よく手入れされた髭に反して頭には毛がなく、きれいに剃り上げられた禿頭は、強い日差しに晒され続けた結果、褐色の肌となっていた。

 その姿が歴戦の戦士そのものであることを、少年は最近知った。同時に、この地の傭兵たちの中では、一目置かれる存在であることも。


「わかりましたよ……で、『閣下』は『閣下』でわかるとして、そちらのお坊ちゃん……でいいんですよね? 名前はなんてんです?」

「ああ、名前か。名前はアル……」

「リディア」


 少年は顔をあげた。長い髪が顔の前に掛かり、片目は完全に覆い隠されている。その髪の長さ、艶、そして、目鼻立ちの柔らかさから、少女と見間違えられることは多く、もう慣れていた。


「リディア・クレイ」

「リディア? 『閣下』やっぱり慰みもんかい?」


 骸骨が、ない頬肉を無理やり吊り上げて、醜い笑みを作る。リディアは、この大陸では女性に多く使われる名前だ。骸骨の言うことは当然とも思え、それ自体は何とも思わなかった。だが、最後の言葉が良くない。考える前に、リディア少年は骸骨顔の傭兵受付に飛び掛かっていた。


「わ、なんだ、なんだよ、いてぇ!」

「あの人を侮辱するな。訂正しろ」

「いてぇ! 何をだよ!」

「あの人を娼婦と同じに呼んだことを訂正しろ」

「リディア!」


 肉厚な拳の感触が頬にあり、痛みと衝撃を感じた時には、リディアは手近の薄い板壁まで吹き飛んで、壁をぶち破って屋外に飛び出し、そこで漸く止まった。


「……すまんな。登録はリディア、リディア・クレイでいい。男。歳は十五。健康状態は、見ての通りだ」


『閣下』が傭兵の受付を済ます低い声が、拳を受けた側の耳鳴りと共に聞こえて来た。ついでにあの骸骨受付男が、あのガキ、殺してやる、と口汚く罵る声も。

 

「傭兵……」


 リディアは倒れたまま、首だけを横に向けて口の中に溜まった血を吐き出した。傭兵。それしかなかった、とはいえ、これで自分も人殺しの仲間入りだ。『リディア』の名を慰みもの扱いした骸骨顔を殴り飛ばした。だが、自分はどうだ?『リディア』を名乗りながら、人殺しの仲間入りを甘受した。


「くそっ……」


 リディアは空を見上げて吐き捨てた。北の地の象徴である、暗灰色の低く厚い雲に覆われた空に吐いた言葉は、そのまま自分に降りかかったようだった。

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