第37話 温室

 翌朝。お客様は客室で朝食を取るので、朝食の席には親子三人だ。

「……」

「……」

「……」

 無言。父は話しかけられる雰囲気じゃない。トリスタンが目で私に『父上どうしたの?』と尋ねてくる。


 昨夜はなかなか寝付けなかった。 

 ラフさんが父にする話の予想はついている。

 あの時私は裸に近かった。胸も下も隠れていたので私の感覚では裸じゃないから気にならないが、貴族社会では責任を取る案件だ。


 責任を取るって言うと事故で仕方なくって感じだけど、でも、昨日ラフさん、私を心配して駆けつけてくれて、抱き締めて、綺麗な顔があとちょっとで……ぎゃー!!


 私が脳内で悶え、ニヤけそうになる表情筋を口を一文字にして抑えていると、そんな私を見た父の周りの空気が一層重くなった。トリスタンは怪訝な顔だ。

 いかん、私浮かれてる。


 部屋に戻って身嗜みを整え、髪型とワンピースが変じゃないか鏡で確認して、クリーンの魔法をかける。

(…緊張する!)


 別邸には、温泉を利用した温室が二つある。一つは観賞用、もう一つは果物や野菜などの食材栽培用だ。

 天井がドームになっている観賞用の温室に入り、上着を入口そばのハンガーラックに掛ける。中は花と緑で溢れ春のようだ。


 ラフさんの姿が見えた。

「お待たせしました。おはようございます」

「おはよう」


 ラフさんが私を見つめながら目の前まで来て、片膝をついた。

(え! もう⁉)

 私の手を取り、緑の瞳でまっすぐ私を見上げる。


「アディ、愛している。結婚してほしい」

「……」


 嬉しくて、言葉が出ない。

 鼓動と呼吸がおかしい。


 ラフさんが私の手をぎゅっと握った。

「はい…」

 ラフさんの手を握り返す。


 …泣きそう。すごい、ラフさんにプロポーズしてもらった…。


 ラフさんが立ち上がり、握った手を引いて私を抱き締めた。

「アディ…大切にすると誓う」

 そして、唇にキスをくれた。



 ◇◇◇


 温室の中、花も見ずに座っている。ラフさんは今、父と話をしている。


(甘々だった…)

 片膝ついての騎士スタイルのプロポーズって、実際されたら笑いそうとか思ってたけど、イケメンの上目遣い、やられた…。


 父との約束の時間に遅れるわけにはいかない(お父様わざと時間を早く設定してる!)ということで、午後のお茶の時間にまた温室で会う約束をして、一旦別れた。


 別れ際、ラフさんは「離れがたいな」と言ってまた私を抱き締めて、ちゅっちゅっと軽くキスをした。

 私が赤くなって固まっていると、笑って最後に長めにキスをして、「許しをもらってくるよ」と言って温室を出ていった。


 甘ーい!


 ◇◇◇


 昼食の席に父がいない。侍従に聞いたら、まだラフさんと話し中とのこと。

(…長くない? 何そんなに話してんの?)


「良かったね。おめでとう、アデル」

 正面のトリスタンがにこにこしている。

「ありがとうございます…」

 照れるけど、おめでとうっていいな。


 トリスタンは、午前中剣の稽古をつけてくれたギーさんから、あらかた事情(ラファエル殿下が公爵令嬢に夜這い→公爵にばれる→今日公爵に結婚の許可取り)を聞いたとのこと。

 なんかちょっと違う。


 昨日、魔猿の群れはヤカ村側の麓まで下りてきており、雪山を捜す手間が省け移動の時間もかからず、二人と二頭は余裕で群れを殲滅して帰ってきたらしい。

 ギーさんは帰ってすぐ寝てしまい、土ミノムシ殿下を見られなかったと悔しがっていたそうだ。


「ラファエル殿下とアデル、いい感じだったもんね」

「いい感じでしたか?」

「いい感じだったよ」にこにこ

 なんだかトリスタンを見てたらほっこりしてきた。


 昼食後、呼ばれて父の部屋に行く。

 父は、「幸せにおなり」と言って、私を抱き締めてくれた。

 …泣いてしまった。


 ◇◇◇


 温室の丸い小さなテーブルにお茶の用意をして、背筋を伸ばしてラフさんを待つ。


 ちょっとお疲れのラフさんが入ってきて、隣の椅子に座った。

 私が出した労いのお茶を一口飲んで、ラフさんが私の手を取る。


 ラフさんの手、大きくて温かい。


「公爵に、結婚の許しをもらったよ。娘への愛をひしひしと感じた」

 長かったもんね…。


「ラフさん」

 伝えようと思っていたことを、ラフさんの目を見て、言葉にする。


「大好きです」

(言った! 恥ずかしい!)

 ラフさんは一瞬目を見開いて、顔を綻ばせた。

「俺も」

 

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