第35話 別邸

 学院が冬季休暇に入り、トリスタンは馬車でテグペリ領に向かった。サンジュを経由してノージ家に寄ってから、ヤカ村の別邸に向かうことになっている。


 父と私は、後から風魔石四輪バギーでヤカに向かう、と見せかけて、バギーで人気がない場所まで行ったら転移を使う予定だ。

 夏のゲラン領往復は辛かった。テグペリ領内は道が舗装されているからましだが、転移が便利すぎて乗り物に乗る気がしない。


 出発前夜、髪をほどいて鏡を見る。薄い金色の髪は背中の中ほどまで伸びた。

(美人、だと思う)

 冷たそうに見える自覚はある。


 私は第二王子の好みじゃない。トリスタンの妹としか認識されてない。

 彼はマリーでも許容できる、ある意味包容力がある人だ。今はマリーの件で評価がかなり下がってるけど、顔はいいし王子様だし、お相手はいくらでも選べるはず。


 ラフさんに婚約者はいない。ガスパーさんとギーさんの態度からすると、特別な女性もいないと思う。

 メーテリンクはエノナイの友好国で、公爵令嬢であれば身分は問題ない。


(…告白しよう)

 ラフさんは、春のエノナイの建国祭までに帰国する。

 何もしなければ、それっきり二度とラフさんに会えないかもしれないもの。


(ラフさんモテるだろうな)

 本国では未婚の王族だし、街では私が隣にいても話しかけてくる女の子いたし。

 私、美人なのに学院で全くモテてないけど、男装のせいよね、きっと。…たぶん。



 ◇◇◇


 私の風魔石四輪バギーは、改造されて前後二人乗り自動車のようになっていた。暖房付きで、車体に機関銃のような物まで付いている。道行く人達にすごく注目されてるけど、運転する父は上機嫌だ。

 護衛は連れていないが、ココがいるから戦力は十分。


 転移でショートカットし、ヤカの公爵家別邸に入る。

 ヤカは、温泉宿はあるが観光地として有名になるほど湯量が多くなく、人口が少ないのどかな村だ。平地に雪が積もることはあまりない。

 別邸の管理人や臨時の侍女、使用人達と挨拶をした後、父と一緒に土魔法で別邸を囲む壁をより高く、堀を深くした。



 ◇◇◇


 私達から三日遅れて、ラフさん、続いてトリスタンが別邸に到着した。


 ラフさんはヒゲ面になっていた。

 出会った頃を思い出す。やっぱりちょっと老けるけど、ワイルドな感じで悪くない。好き。


 久しぶりにみんな揃っての夕食だ。ラフさんと離れていたのは一週間ちょっとなのに、もっと長く感じた。

 魔亀は現れなかったらしい。その代わりお土産に魚をたくさん捕ったとのことで、明日からの魚料理が楽しみだ。



 夕食後、父の部屋でトリスタンの報告を聞く。

 叔父とイーサンは遠方にいて、サンジュではイーサンの母としか会えなかったそうだが、結論から言えば、第二王子と婚約解消になった場合のドゥモン侯爵令嬢との婚約を、イーサンが了承したとのことだった。


 イーサンの母は、祖母の「ドゥモン侯爵令嬢を孫の嫁に欲しい」発言については令嬢を褒めただけと思っていたらしい。

 まさか本当に王子妃にもなれる令嬢が子爵家に嫁ぐという話になっているとは知らず、恐縮していたそうだ。

 イーサンとは手紙のやり取りだけなので、学生時代の恋については未確認。


 ドゥモン侯爵令嬢は既にサンジュを発っていた。


 彼女は、乙女ゲーム本では恐らくトリスタンの婚約者だった。それが現実には第二王子の婚約者となり、もしかしたら婚約解消して、最終的にイーサンと結婚するかもしれない。


 …一番翻弄されたのは、彼女かも。

 私は要因となった一人なので、彼女には幸せになってほしいと思う。

 イーサンは結構お薦めだ。



 ◇◇◇


 翌日、ラフさんのヒゲはなくなっていた。ちょっと残念。


(…いつ告白しよう?)

 ヤカを出発する前日がいいかな。振られた場合のことを考えると、ヤカを出てリセットって感じで王都に戻るのがいいかもしれない。

 

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