第26話 ラファエル

『隣国の王弟は、黒髪に緑の瞳の美丈夫。刀の名手で、希少な光属性持ち』


 2年前に隣国で新たな王が即位し、その王弟の情報を聞いた時に思った。


 その設定、隠しキャラじゃない?



 ◇◇◇


 ゲラン辺境伯領と国境を接する隣国エノナイ。

 先代王の第二王子で、現国王の弟。それがラファエル殿下─ラフさんだ。


 ラフさんが希少な光属性持ちであることを理由に、兄王子と対立する貴族を中心として、ラフさんを次代の王に推す派閥ができてしまった。

 ラフさんは後継者争いを避けるため早々に王位継承権を放棄し、婚約もせず要職にも就かず、各地を放浪しているのだという。


 オリビアの兄であるゲラン辺境伯家嫡男とは友人で、今回のゲラン競技会には来賓として招かれているらしい。期間中は私と同じく領主館に滞在予定とのこと。


 領都までラフさんも一緒に向かうことになり、宿で夕食を共にしている。


「アディ、綺麗になったね。ココがいなければすぐにはわからなかったかもしれない」

「…殿下はおヒゲがないとお若く見えます」

 貴族男性が女性を褒めるのはただの挨拶。社交辞令。わかってるのに私絶対顔赤い。何喋っていいかわからない。



 ラフさんと再会した後、馬車の中でオリビアの話に相槌を打ちながら、私は頭の中で何度もラフさんの姿と声を再生していた。

 この旅でも移動中は男装だが、領主館での晩餐やパーティーのために、ドレスや装飾品なども一通りソフィーが揃えてくれている。

 夕食の席に何を着ていけばいいのか迷った末、私は水色のワンピースに着替えた。髪は一つに括っていたのをソフィーにハーフアップにしてもらった。

 隣国の王弟殿下と同席するのに礼を欠くわけにはいかない。とはいえ旅の宿で気合いが入ったドレスは変だろう。お洒落の正解がわからない。ラフさんとは男装でしか会ったことがないので何となく恥ずかしい。

 

「…そんなに老けてた?」

 ラフさんの顔を直視できなくて、ヒゲが無い顎をさすっている手を見る。

 大きな手。長い指。


 ラフさんは現在21歳。初めて会った時、30歳手前くらいかと思ったが、当時18歳だったのだ。ヒゲのせいとはいえ老けすぎだ。今も20代後半に見える。


 自国の第二王子を避けて隣国の第二王子と出会っていたとは。アデルの引きはどうなってんだ。


 オリビアが私に含みのある視線を送る。

「殿下とアデルが知り合いだったなんて、驚きました」

「アデル嬢の従魔は私の従魔の娘なんですよ」


 ラフさんは自分と私が冒険者であることには触れなかった。

 魔法を使う私が貴族であることは察していただろうから、私の素性を知っても驚いた様子はなかった。


 オリビアは私にラフさんとの仲について詳しく聞きたそうだったが、話せるようなことは特にない。



 夕食後、落ち着かないので普段着に着替えて厩舎に行く。

(ココをモフらせてもらおう)


 厩舎にはラフさんがいた。

 足が止まり、途端に心臓がバクバクしだす。


 気配に気付いたラフさんが、私の方を振り返った。

「アディ」

 本物のラフさんが私の名前を呼んでいる。


「ココは大きくなったな」

 ココはサンドラにくっついて寝ていた。

「はい」

「中庭で晩酌でもしようかと思ってたんだ。良かったら付き合ってくれないか?」

「はい」


 厩舎から中庭に移動し、ベンチに隣り合って座る。夜風が心地いい。建物から灯りが漏れ、話し声や物音が小さく聞こえる。


 ふたりきり。ラフさんとの距離が近い。なんか意識しすぎて自分の動きが変になってる気がする。


 ラフさんが光魔法で光球を出した。

(光魔法初めて見た)

 我が家の図書室で以前読んだ書物によると、光で殺菌したりレーザーで攻撃したりもできるらしい。

 

 私は土魔法で小さなテーブルを作り、ラフさんは虫除けの香を焚く。

 氷入りのグラスを二つと瓶を二本出したラフさんが、それぞれグラスに注いだ。

「アディのは梅ジュース、俺は梅酒だよ」

「ありがとうございます」

 この国では飲酒に年齢制限はないが、ラフさんにとって私は子供のままなのだろう。でも私はお酒が欲しい。お酒の力でこの緊張を何とかしたい。


「冒険者の活動はしてる?」

「はい。Dランクになりました。ココとヒコミテダンジョンに潜っています。よく魔岩魚を釣りに行きます。殿下に教えていただいたおかげです」

「呼び方はラフのままでいいよ。国政には関わってないし、同じ冒険者だ」

「…はい」

「ゲラン競技会は初めてだろう? 競技はもちろん見応えあるけど、前夜祭の花火が楽しみなんだ。一緒に見よう」

「はい…!」



 ◇◇◇

 

 翌朝、領都に向けて出発しようとした時、ラフさんに「アディはこっちに乗らないか?」と屋根付き風魔石四輪バギーに誘われた。


 イケメンの誘いにはもちろん乗る。

(二人乗り、ヒコミテダンジョン以来…)


「アディ、懐かしいな」

 緊張しながら後ろに乗った私に、ラフさんが振り向いて笑ってくれた。


 ─綺麗な緑の目。ラフさんがこんなに近い。


 嬉しいのに泣きたいような気持ちが込み上げる。

 ずっと、ラフさんにまた会いたかった。




 隠しキャラまで盛り込めなかったのか、それとも元々存在しないのか、あの乙女ゲーム本には学院の攻略対象者四人以外のお相手は出てこない。


 ラフさんほどのスペックで、モブということがあるだろうか。


 ラフさんにとって私はただの知り合いだけど、ラフさんにあのマリーが近づくのは嫌だ。

 必要とあらば、土魔法も時空魔法も駆使してマリーを妨害しよう。


 もしラファエルルートがあるのなら、私は間違いなく悪役令嬢だ。


 回避したいとは思わない。

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