第5話 王都脱出

 今晩のメインディッシュは鹿肉の赤ワイン煮込みだ。美味しいが濃い。和食が恋しい。料理を作ってもらえてありがたいけども。


「お父様、私サンジュに行きたいです。もうすぐ収穫祭ですもの」

 サンジュはテグペリ領の領都で、アデルが前回訪れたのは、二年前祖父が亡くなった時だ。


「僕も収穫祭行きたいな」

「それは母上も喜ぶだろう。私は行けないが二人で楽しんでおいで。セバスチャン、手配を頼む」


 出発は一週間後になった。

 もう、王都には戻らないつもりだ。



 ◇◇◇


 お茶会から王都出発までの三週間、第二王子の婚約話が出ることもなく、私は勉強したり時空魔法を試したり、街に足を運んだりして過ごした。


 王都の街並みはヨーロッパの古都のようで、アデルには見慣れたものでも日本人としては旅行気分で楽しい。


 高級店が並ぶ通りにある宝飾品店では、相場を確認した。

 アデル所有の宝石は贈り物か外商で手に入れた物で、値段がわからない。店頭の商品よりは高価だろう。

 万が一修道院コースになった場合、抜け出した後の生活資金が必要だ。宝石をアイテムボックスに放り込んでおいて、売り払う時の額の参考にしよう。

 

 街歩きの時は比較的地味な服を選んでいるが、それでもお金持ちのお嬢さんに見えるので、古着屋で庶民的なワンピースや外套を買った。

 パンツも買いたかったが、侍女のソフィーに止められた。古着屋に入るのも渋られたしね。


 ソフィーは私の専属侍女の一人で、元は母の侍女だった人だ。30代後半と思う。


 本屋では薬草図鑑、魔獣図鑑、旅行記、料理本を買い、道具屋で薬研、秤、薬草などの調薬用品を買った。

 食材や調味料を扱う市場にも行ってみたが、米も醤油も味噌も無かった。


 一度、王立図書館近くの広場で、第二王子とニアミスしそうになった。

 第二王子はお忍びらしく、質素な服を着て帽子を被っていたが、キラキラロイヤルオーラのせいで目立っていた。イケメンラグビー選手みたいな連れも明らかに近衛騎士だ。

 私に気付くことはないだろうが急いでその場を去った。


 王立図書館では時空属性について調べたのだが、新しい知識は得られなかった。というか公爵邸の図書室凄いな。


 冒険者ギルドの建物を見つけた時はテンションが上がった。これぞファンタジーだ。

 中に入ってみたかったが、私は子供だし、ソフィーと護衛もいたので諦めた。


 冒険者登録は何歳からできるのだろう? 修道院コースに備えて、周りにばれずに冒険者として経験とお金を稼いでおくことは可能だろうか?

 何よりファンタジー要素として外せない。



 ◇◇◇


 王都からサンジュまでは馬車で二日かかる。今回はゆっくり、二泊三日の予定だ。


 一行は私とトリスタン、侍女のソフィー、従僕、御者、護衛4名の計9名。荷物はアイテムボックスに入れているので馬車は1台。

 護衛のうち一人はテグペリ公爵家所有の従魔に乗っている。


 王都~サンジュ間は街道が整備され、治安が良い。魔獣もほとんど出ない。


 途中のテグペリ領の町では、町長と護衛を連れ、馬に乗って町を囲む壁の一部を点検した。


 アデルは乗馬ができないので、トリスタンの後ろに乗せてもらう。

(美少年と二人乗りとは、乙女の嬉し恥ずかしイベントだな)

 なんかちょっと照れる。サンジュに着いたら乗馬を習おう。


 この旅の前に、私はトリスタンにお願いして彼の小さくなった服をもらった。

 トリスタンには「アデルが着るの!?」と引かれ、ソフィーには窘められたが、構わない。ずっとドレス着用はもう疲れた。パンツ最高。

 今着ているのもトリスタンのお下がりだ。だんだんアデルのキャラが崩れている気はする。


 壁の補修が必要な所を、トリスタンと二人で土魔法を使って直す。その後は町中に戻りながら数本細い路地を舗装する。旅のついでの土魔法実習だ。


 テグペリ家は土属性持ちが多いので、テグペリ領内の主要な道路は日本の道路と遜色ない。おかげで馬車の旅もあまり辛くない。


(土魔法は土木工事に便利だな。悪役令嬢はヒロインを転ばせたり閉じ込めたりするのに使ってたけどね…)



 寝る前には時空魔法を使う。

(クリーン)

 これで髪も体も歯もきれい。汚れや菌などはトイレに転移させる。

 普通の宿に風呂は無い。あるのは都の高級宿くらいだ。今日はソフィーに体を拭いてもらっただけだったのだ。

(時空魔法すっごい便利!)

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