第3話 公爵邸

 目覚めると一人暮らしの狭い部屋。やっぱり夢ね…ということもなく、お茶会から一週間、私はアデルとして王都の公爵邸で過ごしている。


 例の本はあれから何度も読み返した。

 悪役令嬢はお茶会で第二王子に恋をした。

 父である公爵は国随一の魔術師で、悪役令嬢自身も魔力量が抜きん出て多く、元々王家も悪役令嬢を有力な婚約者候補の一人としていたことから、婚約は恙無つつがなく調った。

 問題は無かったのだ、ヒロインが現れるまでは。


 ◇◇◇


 日中は家庭教師から授業を受ける。

 内容は礼儀作法、ダンス、刺繍、魔術、歴史、地理など。トリスタンと一緒に受ける授業もある。

 土魔法を初めて使った時は興奮した。確かに自分で起こした現象なのに、どうなってるんだ。

 ダンスはアデルの体が覚えていたので助かった。練習相手はトリスタン。距離が近くて恥ずかしいが、美少年のアップは気分が上がる。トリスタン睫毛長ーい。お肌スベスベー。

 新しいことを覚えるのは面白いし、気も紛れる。



 テグペリ公爵領は、メーテリンク王国の王都ブリュトリの南西に位置し、農業が盛んだ。領都サンジュの西には港町があり、海産物も美味しい。ダンジョンは一つあって、そこから採れる魔石や素材は領の財政を潤している。


 父は王宮魔術師団の団長で、領の経営は領主代理に指示し、普段は王都で暮らしている。仕事で留守が多いが、子供達に甘い。金髪碧眼、土属性だ。


 お茶会翌日の夕食の席で、父に第二王子の印象はどうだったか聞かれたが、「挨拶しかしていないのでわからない。お茶会は疲れたしもう行きたくない」と答えておいた。父は「そうか」と言って食事を再開した。


 父の上品な雰囲気はトリスタンと似ている。背も高いし、モテそうだ。

 母はアデルが4歳の時に亡くなっているが、再婚する気はないらしい。



 日本の家族は、どうしているだろうか。



 一昨日は髪を切った。腰まであった髪が今は肩の下まで。貴族令嬢としてはかなり短い。

 周りには驚かれたが「この長さが流行る」で通した。

 髪型を変えたのは悪役令嬢が縦ロールだったからというのもあるが、一番の理由は長い髪が鬱陶しかったからだ。

 悪役令嬢の外見と違いが出て、髪の重みも侍女の業務量も減った。

 気分が軽くなった。


 ゴテゴテのドレスは動きづらいし、背中にボタンやリボンがあったりして一人で着替えもできない。

 げんなりしているが、お値段がお高いだろう。身長が伸びて新調するまで我慢する。

 だいたいなんで家の中でもドレスなんだ。部屋着と言えばジャージだった私には辛い。



 不安定な心持ちだったが、だんだんこちらの生活に馴染んで落ち着いてきた。

 私がアデルなのは現実だし、なってしまっているものはしょうがない。

 肩凝りがないし、美少女だし、魔法が使えて、家はお金持ちだ。ありがたい。


 髪を切ったこと以外は従前のアデルの振る舞いをなぞっているつもりだが、中身は大人の日本人なので、子供扱いやお嬢様扱いをされるとリアクションに困ることはある。特に入浴の世話は勘弁してほしい。寛げない。


 周囲の人間は私の変化にやや戸惑っているようだが、そんな年頃なのだろうと流してくれている。


 切実に和食が食べたい。うどんとか煮付けとか唐揚げとか、普通のやつ。



 ◇◇◇


 深夜。…私は今、一人でトイレの床に横になっている。


 寝る前にハーブティーを飲み過ぎ、トイレに行きたくなって夜中に目が覚めたのだ。

 しかし暖かいベッドから出るのが嫌で(トイレがこっちに来てくれ~)と念じた。


 次の瞬間、私はトイレにいた。

(何だこれ!)

 

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