お下がり愛用悪役令嬢

第1話 お茶会

「何これ…」

 手にした本におののく。

 幼い頃から私の部屋にあったその本は、表紙には色鮮やかな絵、中には縦に並んだ奇妙な文字。一体何が書かれているのかさっぱりわからなかった。

 今は読める。日本語だからだ。

「これ、私だわ…」 



 ◇◇◇


 昨日の午後、私アデルは兄トリスタンと共に、王宮の庭で催された第二王子ジョルジュ殿下主催のお茶会に出席した。

 参加者は伯爵以上の家の、第二王子と年齢が近い子女。お茶会という名の妃候補、側近候補の面接のようなものだ。


 我がテグペリ公爵家には王家から祖母が降嫁しており、第二王子と私達は又従兄弟にあたる。


 第二王子と兄は14歳、私は12歳。

 三人とも金髪碧眼だ。第二王子の色は濃く、私達の色は薄い。


 貴族の多くは魔法に適性があり、主に水、火、土、風のうち一つないし二つの属性を持つ。

 第二王子は水と土、兄と私は土属性だ。

 属性や魔力量は10~12歳頃に安定するので、正式な婚約はそれ以降に成されることが多い。

 

 王太子は既婚なので、第二王子は我が国の未婚男性の中で最も身分が高い。

 見目麗しく、二属性持ちで魔力量も多く、兄によると性格も良いらしい。


 令嬢達は気合いが入っている。もちろん私も朝早くから磨き上げ飾り立てた。髪は縦ロール巻き巻き、ドレスはフリル増し増しだ。


 秋晴れのもと庭には赤やピンクの大輪の薔薇が咲き誇っている。

 お茶会の初めに、兄と並んで第二王子に挨拶をする。

 兄と第二王子は幼い頃から学友として親しいが、私が第二王子に会うのは数年ぶりだ。お会いできるのを楽しみにしていた。


「アデル、久しぶりだな」

 第二王子がお声を掛けてくださる。面を上げ、笑顔の第二王子と目が合う。


 すごい美少年。『少女マンガ』かよ!


 ─その瞬間、私の脳裏に別の人格の記憶がなだれ込み、焼き付いた。



 ◇◇◇


 今日の朝食は兄と二人だ。

 父はまた王宮魔術師団の研究室に泊まり込んだのだろう。ちゃんと食べてるか心配だ。


「アデル、食べないの?」

 私が兄に心配された。箸…じゃない、フォークとナイフが止まっていた。

「大丈夫? 昨日は夕食を食べてないし。お茶会でお菓子は食べてたけど」


 第二王子に挨拶した後、何をし、どうやって帰ったのか覚えていない。…電車じゃなく馬車で帰ったに違いないけども。

 兄の話によると、私は第二王子と型通りの挨拶を交わした後は、ずっと会場の隅のテーブルで一人でお菓子を食べていたらしい。


 無意識にお菓子を貪るって。家で深酒した夜にはよくやるけど、王宮の庭でやっていたとは。


「殿下と全然話せてないよね。あんなに楽しみにしてたのに。体の具合が悪いの?」

 私とよく似た顔の少年が心配そうに聞いてくる。

 第二王子とは違うタイプの美少年だ。第二王子がスポーツ好きなら兄は天体観測好きって感じ。


 彼とは家族として暮らしてきたのに、今はまるで映画の豪華なセットの中で、登場人物がセリフを喋っているかのように感じる。


 あの本を実写化した映画で、子役の彼が演じるのは公爵家嫡男。『悪役令嬢』の兄で、ヒロインに恋する『攻略対象者』の一人だ。

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