追放少女のおーばーたーん!
維摩 静火
第1話 天界追放!
私はトキ、女性、種族は――
天使。
キャリアアップを目指し、神のもとで日々労働に励んできた。
その甲斐あって、天使の最高位「上位一級天使」にまで登り詰め、現在も出世街道をひた走っている。
さて、そんなエリート天使な私は、今日もいつもと変わらず天使としての勤めに精を出していたのだけど……。
「上位一級天使、トキ! お前には天界内乱罪の容疑がかけられている! お前も知っての通り、天界規則は『疑わしきは罰せよ』が基本……! よって、天使の羽の剥奪および、天界からの追放を命じる!」
……なんだか身に覚えのない罪で裁かれようとしていました。
「すみませんが、どちら様ですか? それに天界内乱罪って? 私、悪い事をした覚えなんてないんですけど……」
唐突に職場へと怒鳴り込んできた相手に、私はムッとしながら尋ねる。
周囲で働いていた部下の天使たちは声を潜め、事の行く末を見守っていた。
「俺はお前ら天使をまとめる存在――五神の一人、シドだ。天界内乱罪とは、文字通り天界において内乱を企てた者が問われる罪……。お前は多数の天使をそそのかし、それを主導しただろう!」
シドと名乗った神様は、そう言って私を睨みつけてきた。
短く切りそろえられた、赤っぽいオレンジ色の髪に、中性的な顔と声。
ゆったりとした白い服に身を包んだその人物は、性別すら判断できないが……そこもまた神の持つ神秘性というものなのかもしれない。
シドの言葉に周囲がざわめく。
「か、神だって!? そんな高位の存在が、わざわざ現場に来るなんてどういう……。もしかして今の話、本当なんじゃ……」
「バカ、私がそんな事する訳ないじゃん! 毎日毎日、朝から晩までここにいるのに、そんな暇ある訳ないでしょ!」
私が変な誤解を招かないよう叱りつける中、一人の天使が声を上げる。
「そ、そうだよな。あの出世第一、事なかれ主義で上司の汚職を目にしても、徹底無視のトキさんがそんなことする訳ないもんな!」
「……あれ? 私の評価ってそんな感じなの?」
自身の信用度について疑問を抱いていると、他の天使までもが神妙な面持ちで口を開く。
「……いや、もしかしたら事実かもしれんぞ? 俺、トキさんが仕事中に抜け出して他の部署の天使と、長々と会話している姿を何度も見た事あるんだ。今になって思えば……あれは内乱に関しての密談を行っていたのかもしれない」
「いやいや! それはちょっとサボってただけじゃん! みんなだってそれくらいの事はするでしょ!?」
疑いの目を向けてくる天使にツッコみを入れると、その様子を見てシドが咳払いをした。
シドは場が落ち着いたことを確認すると、冷たい目つきで言い放つ。
「先日、魔界に向けて送られた一通の内乱計画を記したとされる手紙。俺たちはその手紙が、この部署から送られたものであるという確たる証拠を既に掴んでいる」
その一言に、場が静まり返る。
――魔界。それは天界と対立関係にある悪魔の住む領域。
そんな所へ神の了解も得ずに手紙を送ったのが事実だとすれば、それは確かに天界を揺るがす一大事だ。
「待ってください! どう考えてもおかしい! 今あげた証拠だけじゃ、私がやったとは断言できないじゃないですか!」
「そんな白々しい言い訳が通用するか! 親書以外で魔界に手紙を送るなど、そんな真似ができるのは、神もしくは上位一級天使のみ。そして、この部署においてその条件を満たす者はただ一人、お前だけだ!」
シドの言葉に、静まり返っていた場がどよめきだす。
普段の私の行いを知っている彼らからしたら、これだけで証拠とするのは納得がいかないのだろう。
「シド様、待ってください! 確かに、条件を満たすのはトキさんだけかもしれません。ですが、彼女はそのような真似をする方じゃありません! 神ならば今までの功績だってご存知のはず! 労いの言葉ならまだしも、そんな疑いをかけられるいわれはないと思います!」
一人の天使が声を上げ、それに続くように他の天使たちも同調した。
……思わず目頭が熱くなる。
しかし、そんな姿を目の当たりにしてもシドは一切、動じずに言い放った。
「……これは五神全員で審議した上での結論。異議を唱えるという事、それはすなわち神への反逆に等しい訳だが……それでもいいのか?」
その言葉に、場が再び静まり返る。
そして、次の瞬間――
「そ、そういえばトキさん、この間の飲み会で『大丈夫! 例え神様がどれだけ無茶な事を言ってきても、まずは一番に私が責任を取るから! みんなは私の事を気にせず、自分の事だけを考えてればいいからね!』って言ってたよな……?」
つい先ほどまで、私を庇ってくれていたはずの天使がポツリと呟いた。
……記憶にはないけど言ったかもしれない。いや、だとしても今その話を持ってくるのは卑怯でしょ……。
「ええっ!? さっきはあんなに庇ってくれたのに、まさか私を見捨てる気じゃ……ない……よね?」
私が発言者のほうに目を向けると、相手は無言で顔を背けた。
「わ、わたしも他の人から似たようなことを聞きました。ウチのリーダーは他の誰よりも部下想いで、責任を擦り付けるような真似は絶対にしないって……。そんな立派な人が……まさか、私たち一般の天使を道づれにしようなんて考えませんよね?」
そのうち、他の天使までもがそんな事を言い出した。
「嘘……まさか、みんな本気で……」
言いながら周囲を見回すも、みんなうつむいて目を合わせようとしない。
……こいつらマジか。
絶望感を滲ませる私を見て、シドが下品な笑みを浮かべる。
その表情からは、神の慈愛など微塵も感じられない……。
シドはそのまま私を指差した。
「ぶはははは! もはやお前の味方はいないようだな! では、早速お前を下界へと追放して――」
と、シドが言いかけたその時だった。
「いや、偉そうに言ってますけど……シド、追放されるのはあなたも同じですよ?」
――何もない空間から黄金に輝く光と共に、神々しい雰囲気を纏った一人の女性が現れた。
今度は、どこからどう見ても神様だ。
「「「「「……え?」」」」」
突然の事に、その場にいる誰もが呆然と呟く。
「なっ、どういうことだ! どうして俺まで追放されなきゃならねえんだよ!」
顔を真っ赤にして、怒鳴り散らすシド。
そんなシドに、もう一人の神様は呆れた様子で告げる。
「どうしても何も……あなたは多額の天界予算を横領していたではないですか。あなたがこちらに向かった後、他の神々との話し合いによって判明しましたよ。まったく、それを棚に上げて自分よりも下位の存在である天使に対し、偉そうに追放などと……本当に情けない」
その言葉を聞いて、シドの顔が途端に青ざめる。
おや? なんだか、風向きが変わってきたぞ?
「ちょっ、待ってくれ! 確かに俺は、ほんのちょこっとだけ使い込みはしたが……。えっ、バレてたの? 本当に? いつから?」
もう一人の神様は涙目でオロオロし始めたシドを尻目に、私に小さく頭を下げる。
「トキさん、申し訳ありませんが先ほどシドが述べたように、あなたには既に天界内乱罪の疑いがかけられてしまいました。よって、大変心苦しいのですが天界を追放しなければなりません」
「あっ、結局私が追い出されるのは変わらないんですね……」
「はい、残念ながら……。ああ、でもあなたの場合は疑いに過ぎませんので、我々の再調査によって疑いが晴れれば、その時点で再び天界へと戻して差し上げます。下界で善行を積みながら、少しの間だけお待ち下さい」
「マジですか!」
それなら安心だ。私は本当に何もやっていないのだから、調査さえしてもらえればすぐに無実は証明されるだろう。
「おい! 俺を無視するな!」
自分を放置して話を進める私たちに、泣きながら食って掛かるシド。
その姿には、もはや神の威厳など存在しない。
私はそんなシドの肩にポンと手を乗せて声をかける。
「まあ、いいじゃないですか。ちょっとの間、私と一緒に下界観光でもしましょうよ。とはいえ、あなたの場合は天界に帰ってこられるのかどうかも分かりませんけど……」
「嫌だ! 神である俺が下界に落とされるなんて! おい、今からでも遅くない! 他の神を説得して俺の追放をキャンセルしてくれ!」
最後まで悪あがきをやめないシドを見て、もう一人の神様が苦笑いを浮かべながら転移の魔法を唱え始めた。
と、その隙に私は、部下たちに向け一言……。
「おい、さっき私を売った奴。顔、覚えたからな」
捨て台詞に青ざめた天使たちが見守る中――
私は、隣で泣き叫びながら暴れるシドと共に、青い光に包まれた。
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