第1話 メイド・in・異世界《ファンタジア》 その3

 断られた。

 当然だ。いきなり異世界に召喚されて『メイドをしろ』などと、誰が従うというのか。

 応接間のソファに腰掛けるエリザは、落胆を顔に出さないよう努力する。

「いやあ、ご壮健そうで何よりですエリザベート嬢」

 そんなエリザに嫌味な声を投げかけたのは、王政府の査察官エツジリアだった。

 チェルノート城の応接間に通された男はわざとらしく大げさにエリザの機嫌を取っている『フリ』をしている。このエッジリアという男が慇懃無礼は今に始まったことではないが、毎度毎度よく飽きないものだ。そう、エリザは愛想笑いの下で辟易としていた。

「エッジリアさんも、お元気そうでなによりです」

「そのような過分なお言葉、このエッジリア、感激のあまり涙を流してしまいそうです」

「それだけ喜んで頂けたのなら、わたしも嬉しく思いますわ」

「はっはっは――でしょうな」

 でしょうな、って。

 思わずエリザの頬も引きつってしまう。

 確かに彼は王政府直属の人間であり、エリザは爵位の継承も済んでいないただの公女。

 だが、それでも平民が貴族へ取ってよい態度ではない。

 つまり――それが出来るほどの力関係が、ここには存在する。

 そもそもエリザは既に17歳。本来であれば爵位の継承などとっくに済んでいる。

 にも拘わらず、未だにエリザが『公女』扱いなのは、ある制度が理由だ。

 ブリタリカ法典、第五章、第十七条――

 ――爵位の継承権は一年の査定をもって見極めるべし。

 元々は地方官吏の役職でしかなかった〝爵位〟を王が任命する為の法。成立から数百年を経て形骸化していたソレを、とある大貴族が得意げに持ち出し、エリザへ差し向けたのがこの男である。もしその査定結果に問題があれば、エリザは残された最後の領地すらも召し上げられ、バラスタイン家は歴史から姿を消すことになる。

 そして、その査定の期限こそ今日なのだ。

「して、いつもの老婆はどうされたのかな?」

 エッジリアの言う老婆とは、祖父の代からバラスタイン家に仕えてくれていた女性の事だ。召し使いのひとりも雇う余裕のないエリザの事を案じ、城下町に移り住んでまで城の管理を無償で手伝ってくれている。

 いつもなら、この役人が来る時にはメイドの代わりを務めてくれていたのだけれど……。

「……今は暇を出しております」

「そうなのですか! いやぁ彼女も高齢でしたからな。そろそろ来るべき時が来たのかと思いましたよ」

「――ッ、」

 一瞬、頭が沸騰するかのような怒りを覚えた。

 それを、エリザは何とか飲み込む。

 自分が小馬鹿にされるのは受け流せるが、尽くしてくれている身内への侮辱は耐えられない。「ご心配には及びませんわ」と笑顔を浮かべさせてくれた自制心に感謝する。

 いくら耐え難くとも、今だけは我慢せねばならない。

 エリザは互いの間に置かれた、一つの文箱を見る。

 それは王政府から貸与された、契約を見守る魔導具だ。

 文箱は査察官と被査察者エリザ会話を記録。査察官が中身を確認して『不備、偽りなし』と判断すると、文箱は自らその鍵を閉じ、王政府へ『査定完了』の念信を送る仕組みだ。

 そして今、文箱の中にはエリザの努力の結晶が収められている。領地を問題なく運営し、税を得て、王政府へと献上できるという事の証。ダメ押しに懇意にしている大公のお墨付きも得た。これが王政府に届けば、確実にエリザの爵位継承は認められる。

 エリザベートの揚げ足取りを続けてきたこの男でも、ケチを付ける隙など欠片もない。

 ――たった一点を除けば。

「だが、そうなりますと困りましたな……」

 そんなエリザの考えを見透かしたかのように、エッジリアがニヤリと笑った。

「臨時のメイドも雇えないほど困窮しているとなりますと……エリザベート嬢の領地運営能力を疑わざるを得ません」

 全身の血の気が引いていく感覚。

「ま、待ってくださいエッジリアさん」

「エリザベート嬢。そう焦らずともよろしい。私は貴女の努力をよく存じております」

 思わず立ち上がったエリザを、エッジリアは掌をこちらに向けて制する。

 そして、内心の暗い喜びを隠そうともせず歯を剥いて笑った。

「ですがッ! 努力は結果に結びつかなければ意味が無いッ! 残念ながらエリザベート嬢には田舎町一つですら荷が重いようだ。そう陛下にはお伝えしましょう」

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