第872話 発車のベルが鳴る

「もう行くのか?」

「うん」


私は見送りに来てくれた彼に最後の言葉を伝えなければならない。


「こうやってあなたの顔を見るのもこれが最後ね」

「ああ」

「あなたに会えてよかった」


なかなか思いを伝えられない。それらしい当たり障りのない別れの言葉しか出てこない自分が情けない。本当は彼が……彼の事が……。


「向こうでも元気でやれよ。体に気をつけてな」

「うん。ありがとう」

「そうだ。お前のお母さんにもよろしく言っておいてくれ。いつも野菜のおすそ分けありがとうって」

「うん。伝えておくね」


ジリジリジリ。発車のベルの音が鳴る。


「それじゃ私、行くね」

「ああ」

「私、あなたの事が大好きでした」


電車のドアが閉まろうと動き出した。その瞬間、彼が手を間に入れてこじ開けた。そして私を電車から強引に引っ張り出した。


「馬鹿。早く言えよ」


そう言って彼は、私にキスをした。

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