第612話 蘇る忘れ形見

亡き父の形見であるネクタイピン。僕の大切なお守りだ。仕事の時は、いつもスーツに必ずこのネクタイピンをつけている。父さんがずっとそばにいて見守ってくれている。そんな気がするんだ。

「それじゃ行ってくるよ、父さん」

仏壇で拝んでから仕事に出かける。僕が生まれてすぐ母は亡くなった。男手ひとつで僕を育ててくれた父も肺癌で亡くなった。早死にだった。だからあれほど煙草はやめろって言ったのに。営業で外回りをしている時、人とぶつかった。すみませんと一言謝り、仕事に戻った。しかしこの時にネクタイピンに当たった事で壊れてしまったのだ。それに気づいたのは、家に帰ってからだった。僕はこのネクタイピンを修理してもらう事にした。修理屋工房、小町。おじさん一人で営む小さな個人経営の店だった。

「余程大事なネクタイピンなんだね。任せときな。必ず直してやる」

そして僕の忘れ形見は、見事に蘇った。僕は涙を流して感謝した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る