第26話

「それじゃあ早乙女さおとめくん。行こうか」


「はい!」


 魔王おっぱいと勇者一行が姿を消してから一週間。私達はもう一つの問題である暴隠栖ぼういんずに向き合っていた。


 私のおっぱいが元に戻ったという噂が広まるやいなやひったくりは激減げきげん。犯罪が減るのは嬉しいけど、やっぱり自分が原因だったのかと思うと申し訳ない気持ちになる。


 ただ、そのおかげで早乙女さおとめくんとじっくり話をする時間ができた。


 大きい集団になったとしても、それは個人の活動の域を出ない。もし本当に交通事故をなくしたいなら今までの罪を償って、警察官を目指すことを勧めた。


 どうやら早乙女さおとめくんにも同じ考えがあったみたいで、あとはきっかけだけみたい。

暴隠栖ぼういんずを解散したら、あいつらどうするんでしょうか」


「嫌々ヘッドになったわりにちゃんと心配してあげるのね」


「なんだかんだオレの言う通りに大人しく暴走してくれましたからね。間違ったやり方だけど、目的は果たせてたわけですし」


早乙女さおとめくんのそういうとこ、私好きだよ」


「す、す⁉」


 好きっていろんな意味があるんだよ? 警察官の勉強と一緒にそういうことも学んでいこうね少年。


「さ、着いたわよ。もし暴動が起きても私がなんとかするから、安心して解散してきなさい」


「は、はい」


 そう激励したものの早乙女さおとめくんは緊張でガチガチだ。今まで慕ってくれたメンバーに突然の解散を告げるんだから当然か。


「おう。久しぶりだな」


豪拳ごうけんさん!」


「一週間音沙汰がないから心配したんすよ」


武藤むとうもどっか行っちゃったみたいだし」


「いろいろあってな」


 スゥっと深呼吸して息を整える。


「……暴隠栖ぼういんずは今日で解散だ。今までオレに付いてきてくれてありがとう」


 なにかの冗談と受け取られるか、暴動が起きるかのどちらかだと思っていた。


「か、かいさん?」


「マジかよ」


豪拳ごうけんさん……!」


 じりじりと距離を詰めてくるメンバーにたじろいでしまう。鬼瓦おにがわらがヘッドだった時代と違い、豪拳ごうけんに対して尊敬の念はあれど恐怖はない。それゆえに、もし牙を向けられたら勝ち目はないというのが豪拳ごうけんの見解だった。


「「「俺達をまとめてくれてありがとうございました!」」」


 返ってきたのはメンバーからの感謝の言葉だった。


「俺、鬼瓦おにがわらが恐くて暴隠栖ぼういんずを抜けられなくて、でも豪拳ごうけんさんと一緒にいるのが楽しくなっちゃって、抜けたいけど抜けられないみたいな。そんな状態だったんです」


「そろそろ別の道を探さないとダメだと思ってたんすけど言い出せなくて。豪拳ごうけんさんなら許してくれると頭でわかってても、心が暴隠栖ぼういんずを、豪拳ごうけんさんを求めてたんす」


「だから豪拳ごうけんさんが解散宣言してくれて、嬉しいとは違うんですけど、安心したっていうか、俺ら豪拳ごうけんさんと一緒に新たな道を歩めるんだなって」


「……っ!」


「お取込み中のところごめんねー」


 感動に水を差すようで申し訳なかったけど、このまま良い雰囲気で終わらせるわけにはいかない。暴隠栖ぼういんずがいろいろな人達に迷惑を掛けたのも事実だから。


「うげっ! 町尾まちお、なんでここに⁉」


暴隠栖ぼういんずが解散した今、キミはただの善良な市民じゃないの? 警察官に怯えるなんてやましいことでもあるのかな?」


「ビ、ビビってねーし! やましいことは……あるけど」


「自覚があるならよろしい。暴隠栖ぼういんずは解散したけど、キミ達の友情に免じて謝罪の旅を許可してあげよう。くれぐれも安全運転で。ゴールは警察署ね。先導は任せたわよ。元ヘッドの早乙女さおとめ豪拳ごうけんくん?」


「はい! 任せてください」


 そう言って彼はいっちょ前に敬礼を決める。


「敬礼をするってことは、警察官として私の部下になるってことでいいのかな?」


「が、がんばります!」


「体力だけじゃなくて勉強も必要だからね」


「うっ……」


 早乙女さおとめくんは見た目どおり、勉強が苦手なスポーツマンのようだ。


「私が警察官の道を勧めたんだから、ちょっとくらいなら勉強見てあげるわよ」


「ありがとうございます! オレ、頑張ります!」


 なんだかわからないけどヤル気になってくれたみたいで良かった。まあ、試験を受けたのはもう何年も前だからちゃんと教えられる自信はないんだけど……。


「それでは町尾まちおさん、行ってきます」


「行ってらっしゃい。こんなやりとりしてると、なんか新婚みたいだね」


「……っ!」


 冗談で言ったつもりなのに顔を真っ赤にする早乙女さおとめくん。からかいがいのある後輩ができそうで楽しみだ。


「あの……もし、オレがちゃんと警察官になれたら」


「うん?」


「いえ、やっぱり警察官になった時に言います。行ってきます」


「気を付けてね」


 バイクに乗る彼の背中からは迷いが消えて、目標に向かって走っているように見えた。

 ちょっと寄り道をしたかもしれないけど、まだ若いからいくらでもやり直せる。

 もうすぐ三十路の私と違って……。ダメ! 歳のことは気にしない!


 見た目だけなら中学生なんだから! 顔も、胸も……。

 なんだか寂しくなった胸元をそっと撫でて仕事に戻る。暴隠栖ぼういんずの件も解決したし、まさに肩の荷が下りた想いだ。


 元・暴隠栖ぼういんずのメンバーが走り去り、誰もいなくなった倉庫の中を見渡すと、なんだか魔王の城みたいな雰囲気がある。

 おっぱいが魔王だったなんて夢みたいな話だけど、間違いなく私の胸には魔王がいた。あの時に言えなかった言葉をぽつりとつぶやく。


「魔王、ありがとう」

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