第16話

「やっほー。豪拳ごうけんくーん」


 鬼瓦おにがわらの言葉は気にせず爆音でバイクを走らせていると、陽気なテンションで鬼瓦おにがわらに声を掛けられた。また会ってしまった気まずさよりも気になったのは、


「どうしてオレの名前を?」


暴隠栖ぼういんずの総長ってさ、この辺に知り合いがいーっぱい居るんだよね。いろんな人の助けがあって僕は生きてます」


 不自然なにっこり笑顔で質問に答える鬼瓦おにがわらの目からは、やはりオレに対する敵対心が伺えた。


「妹さんが居眠り運転の車にはねられたんだって? それは残念だったね」


「……」


「それで居眠り運転をなくすためにこうして騒がしく運転してるんでしょ? いやー、実に健気だ。涙が出ちゃう」


 わざとらしく泣きマネをする鬼瓦おにがわらにイライラを募らせる一方、手を出したら絶対に不利な状況であることは理解していた。オレはただ黙ってこの時間をやり過ごす。


「僕らと一緒ならもーっと大きな音を出せるよ。ほら、一緒に妹さんの無念を晴らそうぜ」


「どうして鬼瓦おにがわらさんはオレを仲間に入れたいんですか?」


豪拳ごうけんくん強そうじゃん。今後僕らが活動の場を広げていく時、ジャマする悪い人達をやっつけてほしなーなんて思ってるわけ」


「……鬼瓦おにがわらさんだって十分強いじゃないですが。この前の一撃は効きましたよ」


 力を入れににくい体勢だったにも関わらず胸から全身に衝撃が走った。正式な大会で通用するかは別として、この人の身体能力はかなりのものだと実感している。


「褒めてくれてありがと。でもさ、やっぱり強いカードは何枚持ってても嬉しいじゃない」


「お言葉を返すようで悪いですけど、みなさんだってかなり強そうですよ」


 派手な髪型の取り巻き達もそれなりに筋肉が付いているし、ケンカ慣れはしていそうな風貌ふうぼうではある。鬼瓦おにがわらほどではないにしろ、暴走族同士の抗争ならオレよりもこの人達の方が戦力になる気がした。


「そりゃあ今はね。豪拳ごうけんくんは空手部だったんでしょ? 試合以外で人を殴った経験がないから今はこいつらより弱い。でも、慣れたら絶対に強くなれるよ」


「あの、すみません。オレ、ケンカには興味ないので」


「妹さんを殺した居眠り運転野郎に復讐したいとは思わないの?」


 さっきまでの陽気な喋り方から一転、暴走族をまとめあげてきた自信と力強さが溢れる冷たくドスの利いた雰囲気へと豹変した。


「今はあの事故の記憶が残ってるから居眠り運転が減ってる。だけど、時間が経てばみんな忘れていくよ? そのために、豪拳ごうけんくんがそのこぶしで思い出させるんだよ。居眠り運転をすれば鉄拳制裁をくらう。罪には罰が必要だ」


 仰々しく振舞まいうその姿はまるで政治家のようだった。

居眠り運転をしたやつに復讐したい。その気持ちだってウソではない。だけど、オレはそんなことをするために空手をしてたんじゃないし、ただ暴力を振るうだけの拳をまいは応援してくれない。


「すみません。オレ、集団行動が苦手なのでお断りします。きっと迷惑をお掛けするので」


「いいよいいよ。慣れるまではみんな、他人に迷惑を掛けるものだって。だからそれは断れる理由にはならないよ」


 まるでこういう風に誘いを断れるのを想定していたかのようにサラサラと言葉が出てくるところに鬼瓦おにがわらという男の恐さを覚えた。


「オレ、この道以外に走る理由がないんです。この道だけでも妹と同じような被害者を出さないためにやってるだけで」


「うん。それでいいよ」


「え?」


「僕らの仲間に入っても、豪拳ごうけんくんはずーっとここで走っていいよ。たまに走り以外の用事で来てもらえれば」


 走り以外の用事というのは他の暴走族との抗争だというのは想像できた。結局、戦力が欲しくてたまらなかったんだ。


「いや、ですからケンカなんてする気は……」


「みんな最初はそう言うんだよ。人を殺す気で殴った経験がないからビビっちゃう。でも、一回やっちゃえばクセになるから。おい、加藤」


「は、はい!」


 加藤と呼ばれた男が怯えた様子で返事をする。髪を派手な赤色に染め、その毛はツンツンに尖っている。街で見かけたらこちらの方がビビってしまいそうな風貌だが、今は不思議と弱く小さな存在に思えた。


豪拳ごうけんくんを吹っ切れさせるために一発殴られて。はい、どうぞ」

 加藤は何も反論せず、目をギュッとつむり殴られるのを待つ。


「そんな! なんでオレがこの人を殴らないといけないんですか!」


「だって豪拳ごうけんくんが慣れてないって言うからさ、経験を積ませてあげようと思って。こんな風に」


「ぶほぉっ!」


 鬼瓦おにがわらは振り向きざまにその右拳を加藤の腹にぶち込んだ。パンチをしたというより、ただ振り勝った勢いで拳を入れただけ。それにも関わらず加藤はうずくまって呼吸が荒くなっている。


「か、加藤さん? 大丈夫ですか?」


「あーあ、豪拳ごうけんくんが早く殴らないから僕がやっちゃった。たぶん豪拳ごうけんくんが殴った方がダメージ小さかったよ?」


 確かに鬼瓦おにがわらの言う通りかもしれない。もし、必死なフリをして程よく手を抜いて殴っていれば加藤さんはこんなことにならなかったかもしれないし、オレもこの勧誘から逃れられたかもしれない。

 まいが事故にあった日と同じ。後になって『もし』の未来を想像してしまう。


「どんなに強くてもさ、ためらって動きがにぶいやつは負けるわけよ。殴ったら罪に問われるかもしれない。殺してしまうかもしれない。そういう考えが動きを鈍らせる。だったらさ、最初から罪になるつもりで、殺すつもりで殴ればいい。そうすれば迷いなく殴れる。あっはっはっはっは」


 鬼瓦おにがわらはもう手遅れだ。何を言っても通用しない。わずかな可能性に賭けて逃げる道を選ぶしかない!


「ひとまず警察に」


 逃げ道が塞がれている以上、自分だけの力で解決はできそうにない。こんな厄介ごとに巻き込まれたらオレも警察のお世話になるだろうけど、暴走族に入るよりはマシだ。

 緊急用の発信ボタンをタッチしたその時、


「がっ!」


 頭を何か固い物で殴られた感覚があった。電撃のように痛みが駆け抜けた後は、鈍痛がジワリジワリと広がっていく。スマホからはオペレーターの声が聞こえるけど返事はできない。


 ああ、オレ、まいと同じ場所で死ぬのかな。まさかこんなに早く天国でまいの世話になると思ってなかったよ。ダメな兄ちゃんでごめんな。

 スマホの音声が頭に響きながらもオレの意識は遠のいていった。

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