第千二百三十二話・井の中の蛙大海を知る?
Side:千種忠治
婿殿と話をして、わしは六角に降ることにした。所領もすべて御屋形様に献上する。戦がなくば織田に降る道もあったであろうが、事ここに至っては六角以外にあり得ぬ。
家中の者らには六角へ城の明け渡しの命を出して、各々に今後の身の処し方を考えるようにと言うた。主立った者が切腹したことで家督を継ぐ者が多いが、領地を失うならばと帰農する者もおる。
日ノ本の外に追放する者らの身柄はすでに織田に引き渡した。一族の長老として謀叛を画策した愚か者の一族郎党もすべてな。
梅戸家でも一揆を起こした罪人を織田に売ったそうだ。もともと余所者など要らぬというのが本音。邪魔でしかなかったのもあろう。
すぐに城の明け渡しの支度をした。代々守り通した城だ。父や母と暮らした日々のことなど、今まで思い出すこともなかったことが次から次へと思い出されたな。涙が出そうになるのを抑えることに苦労したわ。
愚かなわしを父や母、祖先は許してくれるであろうか。確かに一揆の際に己で出陣して死しても守るべきであったのかもしれぬな。そう思えてならなんだ。
そんな折、観音寺城から呼び出しがあり急いで参った。受け渡しのことか、それとももしや処罰かと思うたが、婿殿の話では違うらしいが……。
「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
観音寺城で六角の御屋形様に拝謁する。隠居の身故に初めてお目にかかる。思うところはあろうな。六角とて苦しい中で助けたというのに、不満ばかり口にして謀叛まで起こした千種に対して。
「遥々足労であったな。少しばかり話をしたくてな」
「此度のこと、すべては某が責めを負いまする。何卒、千種の家だけはお取立てのほどをよろしくお願い申し上げます。また某は隠居の身ゆえ、すべては婿殿に任せております。お疑いならば某が人質として参りましょう」
御屋形様がなにを求めておるか分からぬ。されど千種の家だけはなんとしても残さねばならぬ。
「ああ、千種の家は潰さぬ。話はそれではない」
安堵した。気が変わられて許さぬと言われても、わしにはいかんともしようがないがな。
話とはいかなるものか。御屋形様の話はわしの思いもせぬものであった。
「なんと……」
織田内匠頭の娘が北畠の大御所様の養女となり、斯波武衛様の嫡男に嫁ぐことは婿殿から聞いておる。六角と北畠は血縁がある。そこに斯波と織田を加えて同盟に等しきことになるともな。
されど、御屋形様の話はわしの思惑など遥かに超えておった。
「織田は、そなたが望むならば受け入れると言うておる。あとはそなた次第。これはそなたの意思で決めるのだ。六角として厄介払いする気はない。むしろ梅戸と共に織田と六角を繋いでほしいというのが本音だ」
まさか公方様が……、斯波、織田、六角、北畠と共に今ある世の政を変えるおつもりだとは。これは六角家でも限られた者しか知らぬこととか。当然であろう。そのようなこと世に広まれば混乱でいかがなるか想像も出来ぬ。
六角としては梅戸と千種を織田に臣従させることで、同盟をより強固なものとしたいか。北伊勢の神戸が織田に臣従したことにはそんなわけがあったか。おかしいと思うたのだ。領地が欲しければ中伊勢からでもやればよいのだ。神戸らの領地を残すことは出来たはずだとわしですら思うたほど。
婿殿は後藤殿の弟。千種はそれなりに名門だ。北伊勢に根付いておることもあり、北伊勢を治めるにはちょうどよいということか。
それにしても、六角に降ることを決めて織田に降れと命じられるとは……な。
「隠居した身の某が決めてよいこととは……」
「返答はすぐには求めん。三郎左衛門とよう話して決めるがいい。わしはな、安易な謀叛や戦のない世をつくらんとする織田と共に新たな世をつくるつもりだ。そなたは六角と織田のいずれを選んでも変わらぬ。千種の家は必ず残す。それだけは覚えておけ」
後藤殿を含めた六角の重臣らも承知のことか? まことに各々が領地を手放して新たな世をつくるというのか?
分からぬ。それが上手くいくのか。それとも愚かな夢なのか。わし如きではいずれがよいかすら分からぬということか。
side:久遠一馬
上洛。軍事的な目的はなくても、この時代では大変なことだ。
実際にはケースバイケースだろうけど、道中の諸勢力には話を通しておくほうが無難だ。特に斯波家の嫡男が上洛するというなら尚更。
六角と三好には根回しが済んでいる。また忍び衆が情報収集をしていて、入念に準備もしている。当然、ウチでもオーバーテクノロジーを用いて情報収集をしていて、万が一の事態もないようにやっている。
上洛ルートは三つ。東山道、東海道、海路を検討していた。織田領だけでいえば東山道ルートが一番安定しているものの、近江側の北近江三郡が先年起きた内乱の余波で治安が安定していない。
また織田が軍を出さなかったことに対して、勝手に恨んでいる国人や領民も未だにいると報告があるので今回は没になった。
ウチとして一番楽なのは海路なんだけど、義信君が他国を見聞する機会は多くはない。近江は隣国だし是非見てほしいということから、東海道ルートでの上洛となった。
「細川晴元は動く気配もないか」
「はい、三好の相手でそれどころではないようです。細川氏綱殿が丹波守護に任じられたこともありますので」
出発まで間近だ。宇宙要塞の中央司令室から得た情報を基に、エルたちと情勢分析を行う。
ちょっかいを掛けてきそうなのは細川晴元と無量寿院だけど、両者とも今のところ動く気配はない。そもそも晴元は上洛を知らないといったほうが適切か。
丹波攻略を狙う三好に神経を尖らせているようではあるものの、相変わらず若狭にいて情報自体があまり入らなくなっているようだ。
無量寿院は千種領での謀叛に末寺が加担したことで、六角との関係改善で忙しいようだし。
「公家衆も大人しいか」
「スポンサーだもの。そうそうおかしなことはしないだろうさ」
輝を抱きかかえているジュリアが笑ってそう口にした。公家衆は若い義信君に取り入ろうとしたり、無理難題を言う人も出るかと警戒しているけど、今のところそんな動きはないらしい。
変化といえば近衛前久さんが関白に就任したことか。これはまだ尾張には知らせが届いてない。そろそろ知らせが来る頃だとは思うけどね。
前関白は一条兼冬さん。以前尾張にきた二条さんの後に関白になったのだけど、史実と同じく若くして亡くなっていて、彼の死去の知らせは届いている。
まあ、都の滞在期間はあまり長くならないようにするべきかな。放っておくとずるずると長くなりそうだし。義信君が官位を頂いた返礼と顔見せとしての上洛でしかない。あまり政治的な意味は持たせたくないしね。
今回の上洛は義信君の顔見せと見聞を広めるのが主目的で、朝廷や公家衆から疑念やなんかを向けられないために誼を深めることが副目的になる。
お土産を多めに持っていって惜しまれているうちに帰れればベストだ。
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