第千二百二十四話・面目と配慮
Side:織田信光
尾張では桜が咲いておる頃だ。あの花を見ながら騒ぐ祭りも好きであったのだがな。愚か者の始末のために祭りを見られぬとは残念だ。
メルティの策が上手くいった。謀叛人と罪人どもはこちらが用意した兵糧がある城を急襲し籠城した。もっとも城と呼ぶには、いささか備えの心もとないところだがな。
こちらは織田が三千名、六角が二千名、梅戸と千種は千二百名というところか。梅戸と千種は領内におった罪人を動員しており、城門を押さえるように布陣した。
僅かな者は罠だと察して逃げだしたようだが、謀叛人と罪人らはほぼここに集まっておる。あまりに上手くいきすぎて梅戸と千種の者らは面白うない顔をしておるほどだ。これでは己らの手柄とならぬからな。
「後藤殿か。いかがした?」
もう少しで軍議という頃、後藤殿がこちらの陣に姿を見せた。
「少し話をしておこうかと思いましてな」
「大変であるな。わしは後詰め故、気が楽だわ」
千種と梅戸、それと六角の戦だからな。織田があまり出しゃばるのは良うない。大人しゅう背後で威張っておればいいだけだ。
とはいえ、今のうちに城攻めのことを話しておいたほうがいいな。すぐに主立った者を集めて後藤殿と話をするか。
「梅戸と千種にも面目がありましょう。まずはやらせてみるしかないのではありませぬか?」
皆に問うと、ひとりの男が口を開いた。武官として鍛えておる者だ。奴らを逃がさぬ策は確かに必要であったが、あとは手伝い戦だからな。確かに梅戸と千種に好きにやらせるべきだ。
こちらが好きにしてよいのならいくらでも策はあるがな。先日の軍議でも織田を恐れておるような者ばかりであったくらいだ。要らぬ口を出したところで喜ばれまい。
「ウルザ、ヒルザ。なにかあるか?」
「いえ、特には。私たちが動けば、後藤殿はともかく、千種殿が辛いお立場になられるでしょう。すでに千種領の民も謀叛人から逃げ出しているというほどですので」
念のためウルザとヒルザにも問うてみるが、考えは同じか。さすがの久遠も此度は大人しいな。我らが狙われでもすれば話は変わるが、織田を襲う者などおらず兵も暇を持て余しておる。
敵を降す策を求めるならば幾らでもあるのであろうが、梅戸と千種は六角の家臣だ。余計な口出しなど出来ぬ。
「では、城を落とすとすればいかな策がありましょうや?」
後藤殿はさらに踏み込んだか。いささか勘違いしておる者が多いが、織田のやり方は誰もが思いつかぬような奇策を用いるわけではない。当たり前に勝つべくして戦をする、それだけだ。
「金色砲で門を吹き飛ばせばあの程度の城は終わりだ。織田としてはそれが一番楽で早い」
一馬からは木砲を譲り受けてある。鍛練のつもりで使い潰してもいいとも言うておったな。長々と対陣して兵糧を費やすくらいなら木砲で攻め落としたほうがいいとも言うていたが。
結局、後藤殿は困った顔をして戻られた。要は梅戸と千種に任せるのかが悩みの種なのであろう。
Side:梅戸高実
千種家の者らは戦をする前とは思えぬほど士気が低い。中には罪を裁かれる罪人かと思える顔をしておる者すらおる。
分からんではないがの。謀叛人は六角への絶縁状を寄越したと聞く。梅戸家とまことに戦をするつもりなどなかったのだ。隠居が独立を決意すれば終わった話。されど隠居は最早独立は保てぬと考えたと。残りの家中の者らはほぼ繋がっておろうな。
もっとも我が梅戸家の者らもあまり士気は高くない。中には武功を上げんと意気込む者もおるが、六角と織田のあまりに冷たい仕打ちに恐れておる。
やっと己が分を理解したと見える。六角や織田にとって梅戸も千種もいかようでもいい程度なのだとな。
「さて、千種殿、隠居殿。いかがする?」
六角家の血縁もあり千種を従えておるということもあって、わしが将として座っておるが、千種がいずこまでわしの命を聞くのかは分からぬ。千種はかつて北朝と南朝に分かれて争っておった頃からの名門だ。気に入らねば従うまい。
「遠慮は要りませぬ。一気に攻め落としていただいて構いませぬ」
「御隠居様!」
即座に口を開いた隠居殿の言葉に、千種家の者らは信じられぬのか声を荒らげた。
「当家の者は謀叛人と内通しておる者もおりましょう。一切の配慮も不要でございます」
隠居殿はもう家臣らを守る気がないのか? とはいえ、千種の面目を潰すと末代まで恨まれよう。隠居殿とていずこまで本心か分からぬ。
「まずは千種で一当てしてみてはいかがか? 見ておるだけというわけにもいくまい」
見渡すが、自ら先陣を願い出る者もおらぬ。千種家の者らは今の状況を信じられぬと戸惑うばかりであるし、当家の者は六角と織田を恐れておるか、千種に恨まれるのを嫌って様子をうかがっておるかだ。
後藤殿も織田
「畏まりましてございます」
隠居殿が承諾したことで決まった。お手並み拝見といくか。
Side:千種忠治
「何故、兵糧の在り処を謀叛人に知られたのであろうかの」
わしの問いかけに答える者はおらぬのか? この期に及んでも真実を語る者はおらぬのか?
「御隠居様、これは梅戸と六角の謀でございます!」
「左様、我ら千種家を乗っ取るつもりなのだ!」
婿殿を睨みつけ、体裁を取り繕うことなく罵る家臣に哀れみすら感じる。
謀だと? そのようなこと承知しておるわ。己らのせいでそれに乗らざるを得なかったのだ。今、家中で争い六角から独立などと言い出してみろ。織田と六角に潰されてしまうわ。
「では言い方を変えるか。その方らが謀叛人と通じておることなど百も承知である。戦が終わり次第、厳しき詮議を行う。加担した者は容赦なく罰する。此度のことで、いずれにせよ所領は六角家か織田家に献上せねばならぬからな。勝手をする家臣など要らぬ。それが嫌ならばそなたらも謀叛を起こすか、謀叛人を討って功を上げて参れ」
哀れな家臣らよ。すでに己らなど不要だということが分からぬらしい。己らが千種のために謀叛を起こし庇うというなら、わしもまた千種のために己らを捨てよう。
「なっ……」
「御隠居様! 乱心なされましたか!」
「すべては千種の家を守るため。忠義を重んじるそなたらならば分かってくれよう。それとも六角と織田に攻めかかるか?」
ここで六角と織田に攻めかかる気概があるならば、それもまた認めよう。されどそれに答える者はおらなんだ。
相手は六角家宿老である後藤殿と、内匠頭殿の弟であり北伊勢を平らげた造酒権正殿だ。合わせて五千を超える。わずか数百でなにが出来るというのだ。
「義父上、某も出まする」
「あい分かった。ならばわしも出よう」
真っ先に願い出たのが婿殿とは。まだ分からぬのか。名門という権威だけでは生きていけぬということを。
いかほど付いてくるか分からぬが、出るしかあるまい。家臣に討たれるか、謀叛人に討たれるか。わしは千種を滅ぼした大うつけと呼ばれるのやもしれぬな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます