第千二百一話・世代差

Side:斯波義統


 公方様と北畠家との目通りが無事終わり安堵したわ。宴の翌日、内匠頭と共に北畠の大御所殿と六角左京大夫殿とひとつの相談をすることにした。


 倅の正室のことだ。内匠頭の娘を正室として迎えるべく進めておったが、一計を案じて大御所殿の養女として迎えてはいかがかと思案したのだ。


 公家や近隣からの話もちらほらとあるが、倅が困った時に助けとなるは織田であろう。わしと内匠頭もそれなりに歳を取った。そろそろ次を考えておかねばなるまい。


 織田からそのまま迎えてもよいのだが、先々を考えて北畠との血縁が欲しいことと、いずれ倅が側室を持つときに織田の身分により側室が勝手をしては困る。


 懸念は少しでも減らしておくに限るということもあり、まずは話してみることにした。


 六角左京大夫殿は関わりがないといえばないが、昨日の今日だ。見届けたほうが余計な懸念を抱くまいと考え同席を頼んだ。


 もとより北畠と六角には血縁がある。欲を言えば六角とも斯波か織田との間にも血縁が欲しいが、今それをやっては管領や周囲に怪しまれる恐れもあるからの。


 三国間で婚姻を結ぶことは上様と一馬たちも交えて幾度か話した。ただ、一馬は婚姻による政には口を出さぬ故、なにも言うてくれなんだがな。


 一馬が思い描く新しい世は、あまり血縁に重きを置くことを良しとしておらぬ。血縁を結ばずとも互いに信を得て、上手くやれる術を用いる。


「ふむ。当家にとっても願ってもないことじゃの」


 北畠は武家ではなく公卿家であり名門中の名門だ。望まぬと断られることも十分あり得ると思うていたが、大御所殿は考える間もなく快諾してくれた。


「当家としても異論はない。ちょうどよいかもしれませぬ」


 左京大夫殿にも意見を求めるが、こちらも異を唱えることはせぬか。ひとまず安堵したわ。仔細は後で詰めるか。異論がないならば堂々とこの件を進められる。


「そういえば久遠殿は他家に娘を出すのを好まぬとか」


 話が一段落すると大御所殿が久遠家について問うてきた。他所から見ると理解出来ぬのであろう。


「それはまことじゃ。のう内匠頭」


「はっ、かの者らは身を潜めながら力を付けてきた家。先祖に因縁でもあったのかもしれませぬ。口伝も残っておらぬようで確かとは言えませぬが。一馬もまた己が立身出世して家を大きくしようと考えておらぬこともありまする」


 内匠頭もまた猶子としたが、そのあとは婚姻も交わしておらぬからな。常ならばあり得ぬと言うてもよいことじゃ。端から見たらよう分からぬのであろう。その辺りを内匠頭は話しておる。


「さりとて、さすがにこのままとはいくまい。まさか己が得た地位をすべて捨て去るつもりとでもいうのか?」


「一馬はそのつもりじゃ」


 一馬の真意を明かすと、大御所殿と左京大夫殿の顔が見たことないほど驚きに変わった。まあよく知らぬうちはそうなるのであろうな。わしと内匠頭は一馬らに慣れておる故に、一馬の数少ない信念と思うておるが。


 地位などなくても生きてゆける。その一言に尽きる。


「わしには理解出来ぬ」


「されど裏切りの懸念はない。むしろ我らが見捨てられる懸念をせねばなるまい。あの男、己が天下を取るくらいなら日ノ本から出ていく男ぞ。日ノ本がなくとも己らだけで生きていける者らじゃからの」


 左京大夫殿のほうが戸惑うておるな。この中で一番一馬を知らぬか。少し話す場を設けてやらねばなるまいな。大御所殿は宰相殿が一馬と親しいことから知っておることもある様子じゃの。


 一馬にとって身分や権威は必ずしも必要なものではないからの。わしとて本領である久遠諸島に行ってようやく理解したことじゃ。


 まあ、そう焦る必要もあるまいて。一馬も考えておろう。




Side:久遠一馬


 真冬の寒さが堪えるこの日、オレは信長さんたちと鷹狩りに来た。塚原さんと菊丸さん、清洲から来た義信君、具教さんと鳥屋尾さん、それと六角家の蒲生さんと後藤さんもいる。


 さしずめ親善外交といったところだ。親睦を深める一環として鷹狩りをすることにしたんだ。前もって話していたこともあり、具教さんたちとか蒲生さんたちも自分の鷹を持ってきている。


 昨日は少し驚かせすぎたので、今日はなじみ深い鷹狩りで過ごす。新しいものばかりだと精神的に疲れるしね。


 ちなみにウチにも鷹が何羽かいるから連れてきている。尾張に来た頃は信長さんとよく鷹狩りに来ていたけど、最近は忙しいこともあって久しぶりだ。


「お見事!」


 信長さんの放った鷹が見事に兎を捕まえると空気が和む。


 周囲では織田家家臣や報酬を払って集めた領民がいて獲物を追い立てている。これもね、領地がなくなったから人を集める際には募集をしないといけない。尾張だとすぐに人が集まるけどね。


「しかしこの襟巻はよいものじゃの」


「ええ、今度新しいのをお贈りいたしますよ」


 恰好は武士なんだけど、みんなマフラーをしているのがちょっと違和感がある。具教さんとか蒲生さんにも貸してみたら喜んでいる。具教さんは知っているものだけど、蒲生さんは初めて見たんだそうだ。


 尾張だとマフラーは襟巻と言われていて、手ぬぐいを巻くことで普及しているからなぁ。お市ちゃんとか子供たちはこれに毛糸の帽子と手袋も身に着けることがあるけど、そっちは頭に手ぬぐいを巻くとかそういう姿を見かけるくらいだ。


 毛糸はウチが運んでこないと手に入らないから、なかなか普及が難しいんだよね。




 休憩を兼ねて温かい抹茶を出すと、鳥屋尾さんが遠くに見える田んぼを見て複雑そうな顔をした。


「尾張は来るたびに変わっておりますな。川には橋がかかり田畑は整ってゆく。真似ようとしても難しきことでございます」


「確かに。織田は内匠頭殿が仏と呼ばれ武士も僧も民も従うからよいが、我らも苦労をしておるわ」


 愚痴というわけではないのだろうが、蒲生さんもそれに同調した。人は変わることを恐れるからね。今より良くなるなんて保証はない。遥か先の世界を知っているオレでも難しいと常々感じることだ。


 オレからすると北畠と六角は凄いなと思う。現状でここまでやれただけでも、どれほど苦労をしているか察して余りあるほどだろう。


「すべて、久遠家が成したこと。北畠家と六角家では立場があって大変でございましょう。織田弾正忠家は頼むことが恥と思えるほど身分がありませぬ故に、教えを請うことも難しゅうございませなんだ」


 苦悩の両家に対し、なんと声を掛けようかと悩んでいると、信長さんが笑顔で声を掛けた。


 なんというか、信長さんも変わったね。ガキ大将から大人になった。もともと教育は受けてきた人だ。とはいえ、こんな外交の場で的確なことを言うのは思った以上に難しいのに。


「教えを請うか。さらば、六角家宿老である某の頭でよければ下げよう。意地を張ったとて家は残らぬ。どうか助けてくだされ」


「確かに、何卒、教えを授けてくださるようお願い申す」


 信長さんの言葉に察したのだろう。気遣うように言葉を選びつつ、蒲生さんと鳥屋尾さんがオレに頭を下げた。


 信長さん、謀ったね? 当主ならば難しいが、このふたりならばと頭を下げるように道筋を示した。


 昨日の義藤さんとのやりとりもある。将軍様に信頼されるオレに頭を下げても問題ないと思ったんだろう。


「頭をお上げください。そのようなことをなさらずとも、お力添えは致します。後日話そうかと思っておりましたが、六角家は甲賀が、北畠家は中伊勢が新しい政をするのによいかと考えております。そこなら当家も力添え出来る地でございますので」


「甲賀か、なるほど。やはり梅戸は難しいか」


 オレの言葉に少しがっかりしたのは後藤さんだ。弟さんが千種家の養子に入ったからな。そっちに期待していたんだろう。


「そこは昨日話した通り、梅戸殿と千種殿とよく話した結果次第かと。罪人の扱いでお困りでしたら、そちらも僭越ながら助言を考えておきます」


 そんな顔されると困る。ちゃんと考えているから。もう少し待って。


「皆が力を合わせ励む。まことによい国でございますな。ここらは」


 ほっと一息つくと、塚原さんと菊丸さんが嬉しそうにオレたちを見ていた。


 この時代だとね。ここまで信頼感を築いて互いに助け合うって難しいからな。気持ちは分かるけどさ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る