第千百七十二話・武芸の道

Side:久遠一馬


 石舟斎さんの婚礼も終わってホッとした。一生に一度のものだからね。思い出に残る婚礼にしてやりたかった。


 料理は冬ということもあって温かいものが多かったな。元の世界でいう和風カレー鍋とか海鮮の中華風炒め物とか、ウチならではの料理も出した。天竺や明の料理を模したことを教えるとみんな喜んでくれた。


 奥さんになった人は政秀さんの養女だ。元は平手一族の女性らしく、政秀さんの養女となって嫁いだんだ。


 相手は柳生家の面目とか立場を考慮して相談して決めた。家厳いえよしさんのところには少なくない縁談話が来ていたようで、断る理由が尾張での血縁を求めるということだったからな。これは仕方ない。


 それなりの身分の家の娘でないとあちこちに角が立つんだよね。


 無論、政秀さんと相談して、婚礼前に何度か当人同士を会わせてみたけど、双方共にいい雰囲気だった。


 これは千代女さんが言っていたことなんだが、武芸に秀でていてウチの家臣として地位もある。これで性格さえ悪くなければ女性の側が嫌がるはずがないということだった。


 実際モテるんだよね。石舟斎さん。正直、役目と武芸の稽古ばかりで女っ気はないんだけど、そのストイックなところが余計に女性にモテるらしい。


 それと、わざわざ家厳さんに同行してきた興福寺の者たちに関してだが、特に話すよう案件を用意してきておらず、本当に護衛としてきただけらしい。


 こちらとしても話があるのかとそれとなく声を掛けたが、良い縁が出来て良かったという話をしただけだ。同行していた人の中に、史実で宝蔵院流槍術の始祖である胤栄いんえいさんがいたことには驚いたけどね。


 印象としては、お坊さんというより武闘派の武士みたいな人だ。


「大武丸、希美、あきら。いい子にしてたか?」


「あーい!」


 オレは仕事の合間を縫って子供たちに会うのが楽しみだ。ウチでは乳母を設けていないので、基本は一緒にいる。輝はまだ生まれたばかりなので寝ていることが多いけど。


 元気よく返事をした大武丸と希美の姿に成長が早いなと実感する。つい先日まで輝のような赤ちゃんだったのにね。


 輝の出産祝いに来てくれる人も多いので、まだ忙しいんだ。遠方の人とか、あとは商人とかは少し落ち着いてから来る人もいる。


「あれ、ジュリアは?」


「体を動かしに行ったわ」


 子供たちと一緒にいたのはアーシャとロボ一家だ。肝心のジュリアがいないけど、早くも産休明けを目指して運動を始めたんだよね。


 アーシャはなにか書いている。


「子供たちの幼児教育についての指南書よ。ウチの育て方、よく聞かれるから」


 ああ、それもあったか。ケティたちは出産法とか出産後のことは指導しているけど、教育法までは手を付けていない。この時代にはこの時代の教育がある。一概に悪いとも言えないからなぁ。


 ただ、織田家に限って言えば新しいやり方に貪欲だ。


 この時代の身分のある子供は師を用意して城で学問や武芸を学ぶのが当然だけど、尾張では守護家の嫡男である岩竜丸君が学校に通っているので、ウチの関係者に対して教えに来いという人はいないんだよね。


 逆に学校での様子や学習状況が心配だと、面談依頼が来たりする。いつの世も親の心配事は変わらないね。


 これは岩竜丸君が言っていたことだけど、側近や近習にガチガチに固められた城よりも外に出て学校に行く方が同年代の友達が大勢出来るので楽しいそうだ。


 身分のある人はどうしても限られた人に囲まれて生きることになる。一概にそれが悪いとは言わないけど、日頃から甘やかされて視野も狭くなりがちな弊害も少なからずあるんだろう。


 ウチだと家臣や孤児院の子供たちが遊びに来るからね。大武丸と希美も何度か牧場に遊びに行っている。


 孤児院の子供たちに関してはオレが父親のつもりで接している。少しおこがましいところもあるけど、リリーが母親代わりに我が子のように育てている以上、父親役はオレがやるべきだ。


 偽善かもしれないけどね。


 それもあって、大武丸たちを弟や妹のように扱ってくれる子もいる。そういう様子を見ると幸せを実感する。




Side:胤栄


 なんと恐ろしき国だ。誰しも己が領地で余所者が好きに動くことは好まぬ。にもかかわらず、織田は領内を好きに見聞してよいと言うておるのだ。


 蟹江の船造り場、那古野の工業村とやら、各所の秘事秘伝があろう所には入れぬが、織田は領内を知られることをまったく恐れておらぬ。


 未だ、よう分からぬところが多いが、久遠家の南蛮船による商いの利で栄えておるだけではないのは確かなようだ。


 警護役の某は大和に戻るまで特にすることもない。新介殿に頼んで役目を見せてもらうことにした。尾張では武芸大会とやらをやっておると評判だからな。


「ほう、これほどとは……」


 この日は学校とやらで元服前の子らに武芸を教えるという。己の技を門弟でもない者らに教えるということに驚かされたが、子らの武芸の鍛練の様子にも驚いた。


 皆、真剣な面持ちで一心不乱に武芸に勤しんでおるのだ。


「尾張では流派の垣根は低い。他流試合も珍しくないほどだ。隠したところで武芸大会で己の技を見せ合うのだからな。それを嫌がる者もおるが、名を上げるには武芸大会に出ねばならぬ」


 難しいことは分からん。されどわしにも分かることもある。この国ではくだらぬ理由による争いが少ないのだ。大和でさえ隙を見せれば近隣と争うのが当然だというのに。


 元服前の子らに学問と武芸を教える。あと五年もしてこの子らが元服して仕えるようになれば、この国はさらに強固になるのではあるまいか?


「お師匠様!」


「今巴の方様!」


「氷雨の方様!」


 そんな子らの顔が綻んだのは、壮年の武士と赤い髪と銀の髪をした女がやってきた時だ。女らは久遠殿の屋敷で見た顔だ。嘘かまことか、新介殿より強いという噂もある。されど共におる壮年の武士は知らぬ。


 立ち居振る舞いや今巴殿と氷雨殿の様子から、その者が只者でないと分かる。


 強い。それだけは疑いようがない威風がある。


「拙僧は宝蔵院の胤栄いんえいと申しまする」


「わしは塚原の卜伝じゃ」


 挨拶をして驚かされた。この御仁がかの有名な塚原卜伝か! 供をしておる者らも皆、ひとかたならぬ強さがあるとみえる。


 尾張にて客分としておると聞いてはおったが、まさかお目にかかれるとは。かなりの齢のはずだが、にもかかわらずまったく隙がない。


「胤栄殿の名は聞いたことがあるの。槍を持たせると右に出る者なしとか」


 塚原殿の言葉に子らが一斉にわしを見た。その真っ直ぐな眼差しに、何時以来かと懐かしく感じる。


 強くなることに憧れる子のまなざしだ。興福寺の坊主どもよりも遥かに澄んだ目をしておる。


「強いねぇ。手合わせを願いたいほどだよ」


「ふふふ、今は止めておきなされ。いくらジュリア殿とはいえ、子を産んだばかりの身はまだ休めねばならぬ」


 ジュリア、今巴の方の名か。この女は武士ではと思うような目をしておる。新介殿が勝てぬというのは嘘ではないのかもしれぬ。塚原殿が止めると今巴の方は残念そうにこちらを見ておるわ。


 見てみたいのはこちらも同じだ。かの有名な塚原殿と大和でも知らぬ者などおらぬほど立身出世を果たした新介殿の強さは見てみたい。


「胤栄殿、いかがじゃろう。良ければここにおる新介殿と共に子らに模範もはんを見せてくれまいか?」


 今ほど宝蔵院の名がなければと思うたことはなかった。他国で安易に手合わせなど出来ぬ。


 されど、そんなわしの心中も察したのであろう。塚原殿が思いもよらぬことを言い出した。


「かの有名な塚原殿に模範を見せてくれと言われれば断れませぬな」


 今巴の方や塚原殿の弟子らが微かに笑ったのが見えた。嘘も方便ということだ。手合わせではない。模範を見せるだけ。ならば勝敗がいかようになろうと構わぬ。興福寺や宝蔵院の名に泥を塗ることもなかろう。


 さすがは天下の剣豪ということか。人付き合いも上手いとみえる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る