第千百五十六話・文化祭・その三
Side:久遠一馬
その後、子供たちによる合唱や蹴鞠の披露があったりして見所は多かった。
夕方になると、子供たちと学校関係者の皆さんで味噌汁とおにぎりを作って配ることもしてくれた。身分に問わずみんなで協力して料理する姿に、保護者や見物人は驚き見入っていたな。
キャンプに連れていったことを活かしてくれたんだなと思うと素直に嬉しかった。
「あれって……」
夕方になっても人は減っていない。これからメインイベントのひとつがあるからだ。
学校の入り口前に運ばれてきたのは、馬車だった。もちろんただの馬車じゃない。
オレは文化祭の責任者のギーゼラと産休中のアーシャと合流して見物しているけど、誰よりも自分が楽しんでいるようなギーゼラが自信ありげに笑みを浮かべている。
「みんなで考えたのよ。大人も子供も混じって。熱田様から山車を借りるって話もあったけど、今年出来ることをみんなでやりたいって」
先日、慶次の婚礼にも使った屋根がないタイプの大型馬車と、日本在来馬で引く小型の馬車がいくつかあって、それを山車のような上物を作り上げたものが並ぶ。
馬車の上物には和紙を貼った箱物があって、それに絵が描かれている。コンセプトは提灯か? 元の世界のねぶた祭りの山車に少し似ている。
「さすがに驚かれたようじゃな。皆で学んだことを活かしたいと知恵を絞ったのじゃよ」
言葉が出ないとはこのことだろう。和紙を貼った馬車なんて見たことも聞いたこともない。沢彦和尚がそんなオレを面白そうに見ていた。
山車にはいろいろな絵が描かれている。清洲城や南蛮船や花火など。どれも上手いんだ。子供たちと雪村さんなどの尾張在住の絵師も協力してくれて描き上げたものみたい。和紙を貼っている骨組みは職人衆の仕事らしい。
大型馬車は箱型だが、小型には円形のものもある。斯波家と織田家の家紋が描かれた灯篭を乗せた馬車もある。
職人衆、忙しいはずなのに。短期間でこれほどのものを作っていたなんて……。
「屋形船と命名した、あれも参考にしたのよ。同じく山車にしてあるわ!」
ギーゼラの説明では、ここにはないものの今回お披露目となった屋形船。あれも障子に絵を描いていて、さらに提灯を付けて川を運行するとのこと。
「いかがだ? 凄かろう。さあ、皆で共に参ろう」
学校にいるみんなに子供たちが提灯を配っている。子供たちが描いた絵が描かれている可愛い提灯だ。山車と共にみんなで提灯を持って那古野神社まで行くらしい。
気が付くと学校もかがり火や行灯にランプで明かりをつけていて、校舎の中が明るい。
岩竜丸君とお市ちゃんに提灯を渡されたオレたちも一緒に学校を出て、那古野神社まで歩いていく。
学校を出てすぐに、病院もかがり火が焚かれていているのが見えたかと思うと、病院関係者も提灯を持って合流した。
近所の領民も続々と合流すると大勢での練り歩きになって光の行列が神社へと連なっていく。
笛や太鼓などの音はない。雰囲気としては厳かな神事を思わせるものがある。
工業村と周囲にある工業町からはさらに多くの職人たちが加わり、牧場からはウチの領民や家臣たちもたくさんいる。
信長さんも帰蝶さんも、そんな光景を真剣な面持ちで見ていた。
見上げると綺麗な星空が見える。厳かな雰囲気だが、みんな笑顔だ。
那古野神社もかがり火で明るい。
出迎えは那古野神社の神職の皆さんだ。奥には義統さんと信秀さんの姿もある。増えに増えた人は那古野神社の敷地に入り切らず、周囲を取り囲むようになっていた。
ここからは那古野神社の出番らしい。神事を奉納するんだ。那古野の繁栄とみんなの幸せを願って。
静かだ。数千の人が集まっているのに、みんな真剣なんだと実感する。
周囲の人たちが手を合わせて祈り始めると、オレもそれに倣う。
これは、オレが考えた文化祭じゃない。それ以上と言うべきだろう。
この世界に来てもう六年か。いろんなことがあったな。初めは少し軽い気持ちで日本にやってきたけど、信長さんと出会ってここまでやってこれたんだ。
少し前から時々言われることがある。オレたちが光となり明日への夢を見せていると。だけど違うんだとオレは思っている。
夢や希望はむしろ、オレたちよりこの時代の人たちのほうが持っている気がしている。
こんな乱世だからこそ、少しでも明日の暮らしを良くしたい。そんな些細な希望がオレたちを引っ張っているような気がしてならない。
エルもジュリアもギーゼラもアーシャも。他のみんなも合流して近くにいる。ふと気になって周囲を見渡すと、みんな真剣に祈っている姿が見える。
いつか……、この日も歴史と呼ばれるのかもしれない。
でも、オレたちには歴史ではなく思い出として永久に記憶に残るだろう。
現実が歴史を超えた。
そんな日なのかもしれない。
◆◆
織田学校文化祭。
天文二十二年、織田学校初代学校長である天竺の方こと久遠アーシャが考案して、職人の育成に尽力したことから職人の方と呼ばれた久遠ギーゼラが形とした名古屋の祭りである。
学校史によると当初はアーシャが中心となり計画していたが、アーシャの懐妊によりギーゼラが役目を引き継いだとある。
名古屋は当時、那古野と表記され那古野城と那古野神社以外は村程度しかなかったようだが、久遠一馬の仕官以降、急速に発展し有名になった地である。
あまりにも急速に変わる町並みに道を間違える者が続出したなどという話が、現代に逸話として残っている。
この文化祭は当初、学校を織田領の人々に知ってもらうことを目的としていたようだが、最終的には織田学校や久遠病院を中心とした那古野の繁栄と人々の幸せを願う神事となった。
これには久遠一馬も驚いたという記録が残っている。関係者が学校の運営に尽力していた一馬に喜んでもらおうと努力したのだと学校史にはある。
同年には久遠家本領である久遠諸島に織田家一行が訪問したこともあり、尾張の人々は久遠家に倣い追い付こうと努力したという記録がいくつも残っている。この文化祭もまたそんな人々の熱意により大きく変貌したことが分かる。
織田学校文化祭は現在も続いており、長い歴史の中でその形は変わりながらも夜に行われる山車馬車の運行と那古野神社の神事は重要無形文化財として残っている。
現在、日本圏で行われている学校文化祭の元祖はこの祭りであり、夜に学校と生徒の安寧を願う神事を行う伝統はこの祭りから始まった。
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