第千百三十一話・第六回武芸大会・その五

Side:久遠一馬


 どっと歓声が沸いた。馬上槍の種目で、昨年の優勝者である本多忠高さんが好成績をたたき出したからだ。


 本多さんの主である松平広忠さんは、そんな家臣の活躍に目を細めて喜んでいる。


「平八郎のおかげで松平は救われました」


 松平宗家は先代の清康の頃には尾張に攻め込んで、守山城の信光さんが城を明け渡して撤退したほど武勇に優れていた。


 まあ今の織田と単純に比較するのは難しいが、織田一族では信光さんの武勇が知られているということもある。尾張まで攻め込み信光さんを撤退に追い込んだ清康の武勇は今も知られていることだ。


 それと比較すると、どうしても広忠さんの武勇には疑問符が付く。清康の死後は伊勢に亡命して不遇だったので仕方ないということもあるのだろうが。


 加えて岡崎城を焼いた謀叛人たち、一槍も交えることなく火力で蹴散らしちゃったからね。さらに西条吉良家が信秀さんの怒りを買って主立った家臣が切腹したこともある。結果として松平宗家というか三河武士の力を侮る人がいないわけではない。


 長年の因縁がある相手である三河武士からすると、あまり面白いことではないのはオレにでも分かる。


 忠高さんの活躍は、そんな三河武士にとって数少ない朗報であり面目躍如だったんだよね。


「人の噂などあまり気にしないほうがいいですよ。私も以前はいろいろと言われましたから。時が経てばいずれ名誉を挽回することは出来ます。そういう国にしたいと思っていますから」


「内匠助殿……」


 広忠さんが少し驚いたような顔をした。一度や二度の失敗で生涯笑われる体制なんていいはずがない。


 実際、信秀さんはそういう意味では人の使い方が上手い。美濃の安藤さんなんかも挽回の機会を与えられていて、北伊勢の復興で活躍している。


 内政の力量と武勇、あまり関係ないんだけどね。とはいえ武勇がないと下が言うことを聞かないこともある。安藤さんが任された旧関領も周囲に敵はいないが、鈴鹿関という要所であることには変わりないからね。


 いざとなった時には戦える代官が必要なんだ。安藤さんに関しては、オレが思った以上に上手くやっている。ちゃんと頼るところは尾張を頼るんだ。変に意地を張って全部自分でやろうとするとしくじるんだけどね。


「三河もいずれ内匠助殿の本領のようになれましょうか?」


 半信半疑。出来るのだろうかと案じるような顔をしている。


「そのつもりですよ。三河、美濃、北伊勢、それと飛騨も織田に従うところは必ず飢えずに暮らせるようにします。いい意見があれば遠慮なく言ってください」


 広忠さんの目付きが不安から確信へと変わった気がする。


 実際、西三河は力を入れているところだ。矢作川の賦役とか本證寺の元寺領の整備とか優先的に行った。


 織田家でも矢作川の流れを変える賦役より、尾張の木曽三川の賦役が先だろうという意見があったのも確かだ。


 知多半島の水路とか矢作川とか、織田の本領の外から大工事を始めているからね。なぜ本領を優先しないのかという疑問がある。


 このあたりは費用対効果とか、人口の分布とかいろいろ考慮した結果だ。いずれは木曽三川も着手する予定だけど、矢作川とは比べものにならないくらい難工事になるからね。


 頑張ればやれるんだと信じてくれたかな? 広忠さんは史実の天下人のお父さんなんだ。やれないことはないはずだ。頑張ってほしい。本当に期待しているんだよ。




Side:真柄直隆


 公園と言うたな。ここでは複数の試合が同時に行われておる。剣術も悪うないが、槍術や馬術も華がある。去年と今年は剣術に絞って出ておるが、来年は馬上槍に出ても面白いかもしれぬ。


「馬ももっと鍛練しておくべきだったな」


 ただ、オレは体が大きいから、気を付けないとすぐに馬が潰れるんだよな。久遠殿のところにいる大きな馬でも手に入るならいいが。日ノ本の馬だと正直、馬術は向かぬ。


 驚いたことに、今年は武芸大会に来る旅費を宗滴のじじいからたんまりと頂いた。遠慮せずに誼を深めて参れとのことだ。


 あのじじい気付いてやがるからな。織田と争えば朝倉にとって利にならぬことを。怖いじじいだ。戦をしてもあれだけ強いというのに、戦わずして相手を知ってやがる。彼を知り己を知れば百戦殆からずとはよく言ったものだな。


 幾度か尾張に来ておれば自ずと分かることだ。尾張や美濃には内匠頭様のためなら命を懸けるという奴が多いんだ。宗滴のじじいなら勝てたとしてもその後が続くまい。


 久遠殿のまつりごとには勝てると思えんしな。


「真柄殿。見事でありましたな」


 暇になったんで運営本陣に顔を出すと菊丸殿に声を掛けられた。それなりに名のある家の出であろう。放逐されたのか、ただ言わぬだけで旅をしておるのか、興味はなくもないが、わざわざ訊ねる気もない。


「ああ、だがこのままだと柳生殿や愛洲殿には勝てん」


 塚原殿の弟子も強いのがごろごろしてやがるしな。世の中にはこれほど強い奴が多いとは思わなんだ。


「あのお二方は別格であるからな」


「そうだな。オレも鍛練はしているんだが……」


 鍛練はしたが、越前の所領だとそこまで強い相手がいない。尾張だと共に鍛練をする強い相手に事欠かぬというのに。困ったものだ。


 塚原殿などいい歳のはずが、先日稽古をつけてくれた際にはまったく歯が立たなかったからな。弟子入りしたいほどだ。父上が許さんだろうから出来ぬが。


「そういえば、何故、北畠と六角はあれほど重臣を連れて当主自ら来たのだ?」


 ふと気になったことを菊丸殿に聞いてみた。驚いたわ。両家とも当主を筆頭に主立った重臣がほとんど来ておるとか。


「尾張の豊かさの秘訣を学び知ることにしたようでございます。それに両家とも織田と斯波とは誼を深めたいのでしょう」


「へぇ。こりゃ、宗滴様が聞いたらいかなる顔をするのやら」


「宗滴様か。いかなる御仁でございまするか?」


「朝倉家そのものというお人だな。あのお方ならいずこの者にも負けぬと思う。ただ、惜しいことにもう若くはない」


 時折、聞かれることではある。越前朝倉家といえば宗滴のじじいだからな。興味深げに聞いておる菊丸殿の姿は、やはりただの牢人とは思えぬ。


「まあ織田相手だと勝つのは難しいだろうがな。前に言うておられた。武士はなんとしても勝つことが本分であり、戦をする以上は勝たねばならんと。勝てぬ戦はするべきでないとな」


「ほう、よき話を聞かせていただいた。かたじけない」


 宗滴のじじいは織田には勝てぬと考え、戦以外の道を選んだ。普通、そこまで考えられるか? あのじじい、己が死んだ後まで考えているんだ。


 六角と北畠が来ているなら、じじいが来てくれたほうがよかったんだが。オレだとなにも出来ぬ。




Side:飛鳥井雅教


 無量寿院の意志がまとまらぬ。弟に謝罪をされるが、これは致し方ないことだ。


「そなただけが悪いとは思わん。されど運はなかったな」


 理解はするのだ。無量寿院の言い分もな。それは織田とて理解しておる。


 そもそも言い分は双方にあり、理屈もそれなりに通っておる。あとはいかに収めるか。織田は無量寿院を要らぬと考えておる。それだけは言われてはならぬのだ。


 にもかかわらず……。


「願証寺は早くから織田と通じており、本證寺の折には兵を出して味方するとも言うたとか。先に誼を深めた者を遇するのは当然であろう? そなたらの立場も分かるが、織田としても願証寺を軽んじて無量寿院を厚遇など出来ぬ」


 数ある寺のどこを厚遇し重んじるかは織田の勝手とも言える。面目を立てろというのならば、さっさと寺の総意をまとめて利を与えてしまえば良かったのだ。


「兄上、いかがすればよいのでしょうか」


「寺をまとめられぬのならば、そなたに従う者を見極めよ。まさかないとは思うが、力に訴える愚か者が出ると面倒になる」


「まさか……」


 やはり弟は世を知らぬな。今までは都合のいいことしか、教えてもらえなんだのであろう。


 門主の首など挿げ替えてしまえばいいと考える愚か者が出ぬとも限らん。かつて誰が二条公を弑するなど思うた? それも西国一の大内家において。今の世は道理を盾にあり得ぬというのは通じぬ末世なのだ。


「武衛殿と内匠頭殿に頭を下げることは覚悟せよ。その代わり吾が寺とそなたのことを頼んでやる」


 気になることは、思うた以上に織田の力を軽く見ておる愚か者が多いことか。兵を挙げぬことで勘違いをしたか? 勅願寺ということで主上のご威光を盾にして増長しておるようだな。


 念のため北畠と織田に繋ぎを取る必要もあろうな。織田相手に一揆などと言い出して止められぬ場合は弟を連れて逃げねばならぬからの。


 今のところ戦っても勝てぬことは皆が理解しておると思うが。


 されど、今まで勝手をして贅の限りを尽くしておった者らが織田を嫌っておるのは間違いない。慎重に動かねばならぬな。




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