第千百十三話・楽しい宴と……
Side:久遠一馬
広くなった新しい屋敷の広間は賑やかだ。
岩竜丸君と信長さんを筆頭に、エルたちやウチの家臣のみんながいるんだ。あと孤児院の子供たちもいる。子供たちは慶次とソフィアさんに祝いの歌を披露したいと言うので、せっかくだから一緒の席を用意した。
無論、家臣も増えているので全員が集まったわけじゃない。津島・熱田・蟹江の屋敷では、それぞれに祝いの料理と酒を振る舞っている。
料理はウチらしいものだ。祝いらしく鯛の塩焼きがあるが、伊勢海老の味噌汁や鯨肉の竜田揚げ、ハマグリのバター焼き、椎茸も入ったキノコ類の蒸し焼きなど豪華なものだ。
ちなみにケーキは最初に出していない。後で出すと教えておいたから、みんなそれを食べられるようにお腹を調整するだろう。
「お歌を披露いたします!」
食事も進むと、孤児院の子供たちがお揃いの半被に着替えて現れた。みんなで並んでリーダーらしき子が挨拶をすると歌い始める。
尾張の婚礼でよく歌われる歌だね。数十人いるんだが、ちゃんと揃って歌っているので聞いていて気持ちがいい。しかも元の世界の小学校の合唱とかより楽しそうに見える。
こういうのってこっちでは初めてだ。大人の皆さんは驚いているが、一方で岩竜丸君は驚いていない。学校でやったことあるんだろう。
まあ田植え唄のように、みんなで歌いながら作業をすることはこの時代でもある。とはいえ、こうして子供たちだけで合唱というのはないからな。
一曲歌い終わると、子供たちはこちらを見て緊張した顔つきになった。
「ようやった」
「見事じゃ」
しんと静まり返ったところで信長さんと岩竜丸君が褒めると子供たちの顔が綻ぶ。ああ、喜んでもらえるか不安だったのか。
あまりに心地いいから聞き入って余韻に浸ってしまった。
「では、もうひとつ披露いたします!」
子供たち嬉しそうだな。慶次とソフィアさんも驚きつつ喜んでいるからだろう。
ただ、次の瞬間に少し噴き出しそうになった。歌が元の世界のアニソンだからだ。
「懐かしいな」
つい、そんな言葉が出てしまった。最初は噴き出しそうになったが、聞いていると懐かしさが込み上げてくる。
元の世界が……、子供の頃の思い出が蘇ってくるんだ。
まさか戦国時代に来るなんてなぁ。思いもしなかった。未練があるわけじゃない。だけど少し思う。読みかけの漫画はどうなっただろうかとか、家はどうなったのかなとか。
「みんなよくやったね。さあ、たくさん食べなさい。日を改めて褒美もあげるから」
「はい! ありがとうございます」
歌い終わると誇らしげな子供たちを皆さんが褒めていた。オレも褒めてあげた。褒美なんにしようかなぁ。
久しぶりだった。元の世界を懐かしく感じたのは。不便なことや理不尽なことがあっても、懐かしく感じたことなんてなかったのに。
ふと見ると、ソフィアさんが少し涙ぐんでいるように見えた。遠く離れた故郷の歌を聞かせてあげたいと頑張った、子供たちの思いやりに心を打たれたのだろう。
子供たちの歌は大人たちの心にも火を点けたらしい。信長さんが舞いを披露してくれたり、他の人たちも得意な歌や舞いを披露してくれた。
「では僭越ですが、私たちも一曲披露いたします」
ああ、エルたちも顔つきが変わった。やる気だ。
先日設置したオルガンをエルが、ジュリアとセレスはリュート。シンディとリリーがバイオリンを、リンメイと鏡花がフルートを準備する。あとはすずとチェリーはトランペットなどだ。
ケティたちとか他の宴に参加している妻のみんなが、それぞれに得意な楽器を演奏するんだ。厳密に言えばこの時代の欧州ではまだ確立されてない楽器もあるが、構わないだろう。
信長さんとか久遠諸島に初めて帰省した時のメンバーは聞いたことあるはずだが、あとはないからね。少しざわついている。
演奏が始まると静まり返った。この時代でも雅楽のような伝統的な音楽はある。とはいえ、尾張だと本格的な複数の楽器の演奏なんて聞く機会はない。
今回は少し大人しいオーケストラのような曲だ。でもこれ聞いたことないね。元の世界にはないエルたちのオリジナルかもしれない。
短期滞在組を合わせて三十人ほどのオーケストラ。まさに圧巻だった。酒が入った盃が口元で止まったままの人もいる。
子供たちは瞳を輝かせている子もいる。楽器を習いたい子もいそうだな。
この世界では明治維新も西洋化もないかもしれない。音楽や芸術はもっとオレたちで広めてもいいかもしれない。
オレも楽器練習しようかな。みんなと一緒に演奏するの楽しそう。
宴はまだまだこれからだ。
Side:飛鳥井雅教
清洲城にて、すぐに武衛殿と内匠頭殿と会うことが出来た。祝いの日ということもあり機嫌もよいようじゃ。
実のところ、その程度しか無量寿院の利になるところがないのじゃ。雅な美しさのある城に礼節を知る武士らが大勢おる。さらに刻を告げる塔とやらもあると聞く。
このような国を見せられれば、末寺とてそちらに従うわ。
先ほど平手殿と無量寿院のことを少し話したが、織田は随分と配慮をしておるとみえる。知らぬと突っぱねて話すら聞かずともよいはずなのじゃ。
無量寿院では願証寺と織田が謀ったのだと言うておった者もおるが、濡れ衣であろうな。仮に謀ったとして筋を通しておればそれまで。
そもそも末寺が戻りたいと言うておらぬものを、いかがしろというのじゃ? 飢えるときに食わせてくれた恩を忘れて戻れと?
「遠路遥々、ようおいでくださりました」
武衛殿は上座を空けて吾に勧めてくれたが断った。上から話すようなことではない。他ならぬ弟のこともある。助けになれるものなら、なってやりたい。
「久しいの。武衛殿も内匠頭殿も今や日ノ本中に名が知られておる。会うのを楽しみにしておったわ」
「長き月日を経て、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」
仏とまで讃えられる男。わしも幾人もの武士と会うたが、かつて会うた時よりも穏やかになったか?
表向きとはいえ歓迎してくれて安堵した。今日は祝いの日ということでその話から入るか。無理難題を言うつもりなどもとよりないのじゃ。双方納得がいくところを探らねばならぬ。
まずは斯波と織田の本意を探らねばならぬか。
「お疲れでございましょう。本日はゆるりとお休みくだされ。明日にでも歓迎の宴をいたしまする」
「世話になるの」
考えてみるとおかしな話じゃの。兵を挙げて奪ったわけではない。北伊勢への出兵ですら六角と北畠の要請があったはず。
すべて終わり、翌年の収穫の頃に返せというなど恥の上塗りではないのか?
末寺すら御せぬ寺などと笑われておろうな。いかがするべきなのやら。
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