第千百三話・三木家の戸惑い
Side:久遠一馬
「文化祭のはずだったよね?」
ギーゼラの報告に若干戸惑ってしまった。文化祭として計画していたことが那古野の祭りにすり替わっていた。
「那古野に大きな祭りなかったのよね。それでみんなが盛り上がったのよ。那古野神社も乗り気で是非参加したいと言っているわ」
追加で予算を求める報告書があるのは構わないが、尾張でも古くからある那古野神社もすでに根回し済みらしい。
最近の尾張だと、こういうことが増えたんだよね。こちらから提案するなりして改革するが、参加して実行するのはこの時代の皆さんだ。意見を聞いたり調整することが多いこともあって、率先して政治やオレたちのやることに参加しようとしてくれる。
「やる気になっているなら止める必要はないか」
那古野。もともと町すらなかった田舎だったけど、工業村、牧場村、病院、学校と建設した影響で人口が激増している。最近では蔵も多い。台地の上にあって清洲より水害の影響を受けにくいこともあって、那古野郊外には蔵町と言えるほど蔵が建設されている地域があるんだ。
那古野神社の祭りはあるけど、あそこ古くは津島神社の系列だったようでそこまで規模が大きくない。
今の那古野は人口比率でいうと職人が多い。その職人がやる気になった以上は大きな祭りとなるだろう。
こういうのは上からどうこうと口出しすることじゃない。織田家の威信とかが問題になるなら指導が必要だが、そんなことになると思えないし。
「殿、清洲より至急登城せよと知らせが届いております」
アーシャは産休に入ったが、文化祭はギーゼラに任せる。岩竜丸君と沢彦和尚もいるので大丈夫だろう。休憩してお茶でもと思っていると今度は清洲城から呼び出しか。
エルと一緒にすぐに登城する。まあ那古野からだと馬車が使えるので近いしね。
清洲城では、すでに義統さん、信秀さん、信長さん、信康さんたちが揃っていて何事かと驚いてしまった。
「京極殿ですか……」
北近江で六角相手に挙兵した京極高吉が飛騨に逃げ込んだらしく、姉小路家から助けを求める使者が来ている。
そういや、飛騨は京極家が守護だったんだっけか。若狭に戻るよりは先があると思ったんだろうな。
「我らには関わりがないと言えばないのだがな。姉小路も三木も、公方様と管領殿の争いに巻き込まれとうないらしい」
信秀さんが苦笑いを浮かべた。飛騨も近江も他国であり、斯波家も織田家も近江の謀叛には関与していない。本来は足利政権が裁定を下すべきなんだろうが、肝心の公方様と管領が争っているからなぁ。
しかし、さすがは史実で姉小路家を乗っ取って、飛騨を統一した三木家というところか。ここで京極家と共に飛騨統一をしようとは考えないらしい。世の中の流れが読めるって地味に凄いんだよね。この時代だと。
しかも姉小路家を巻き込んだことで、責任問題を負わなくていいようにしていないか?
「相手は四職の京極家だ。六角でも持て余す。公方様の裁定がいるはずじゃ」
「至急、繋ぎを取ります」
こっちに持ってこられてもね。義統さんの指示で、義藤さんに連絡して判断を仰ぐことになった。
正直ね。こういうことになるから、足利家と斯波家での天下統一と新しい統治体制の構築って難しいんだよね。
京極家、史実だと高吉の息子となる京極高次が有名で大名として生き残っている。ただこの人、この世界では生まれないだろう。母親となる京極マリアは浅井久政の娘であり、高吉に嫁ぐことはすでにあり得ないからだ。
別の人と子が生まれるかもしれないから、その子が生き残るかもしれないが。
京極高吉は捕まえて出家させて捨扶持でも与えて終わりかな。すでに飛騨は織田の経済圏に取り込まれている。領民は尾張への出稼ぎで食いつないでいるんだ。京極家が今更挙兵しても見向きもされないかもしれない。
Side:三木直頼
酒と女でもてなしておるからか、京極様らの口は滑らかだ。
管領様と公方様は昔からあまり上手くいっておらず、公方様が管領様を見限って観音寺城に行ってしまわれたことなど、いろいろと話してくださった。
「見せたかったぞ。賊の脇差しがかすめて腰を抜かした管領様の姿をな。あれで、あのお方は駄目だと思うたのだ。北近江で勝てるか確信が持てなかったが、あのお方と離れるには好機であったのだ。公方様が和睦をと言うてくれることを期待したのだが、それは上手くいかなんだ」
今年の初めに、管領様のおられた館が牢人に襲われて腰を抜かして逃げたとも教えてくれた。管領様と共におる者らは、本来は公方様にお仕えする身分の者が多い。都落ちした臆病な管領様に、いつまで従うておればよいのかと案じる者がそれなりにいるらしい。
京極様も六角相手に戦で勝てるとはあまり思うておらなんだようだが、公方様の御目に止まることで公方様にお仕えする立場に戻りたかったとは。
飛騨に来た理由は、飛騨をまとめて守護に返り咲くことで京極家を再興したいとのこと。
「いつ挙兵出来るのだ?」
「今しばらくお待ちくだされ。田仕事が終わらねば難しゅうございます」
気持ちは十二分に理解する。されど時を逸したとしか言えぬ。
姉小路家は飛騨を己が力でまとめることを諦めておる。斯波と織田に従うことで生き残ろうとしておるのだ。
かく言うわしも諦めた。織田は恐ろしいが、それでも従うておれば飢えぬ程度の食い扶持は与えてくれるのだ。
今更、姉小路家を敵に回すなど出来ぬ。それと斯波と織田は管領様ではなく公方様に従うておるのだ。
北近江の様子を見ておると、管領様は命じることはあっても助けは寄越すまい。
「某如きが申してよいのか分かりませぬが、すぐにでも公方様のもとに馳せ参じたほうがよいのではありませぬか? 飛騨は貧しく姉小路家とて容易く落とせませぬ」
畿内どころか近江ですら行ったことがないわしが言うていいのか分からぬが、この御仁は愚かなことをしておるのではないのか? 要らぬ欲を出さずに公方様の下に馳せ参じておれば、それなりに遇されたと思うのだが。
「……公方様がおられるのが、六角の城でなくばそうしたであろう。六角と浅井だけは許せぬ」
浅井はともかく六角は佐々木源氏の同族であろうに。ここまで憎むとはな。浅井にも六角にも軽んじられたのだと怒り心頭のご様子。
それと、このお方はいろいろと知らぬらしい。西国の大内家の葬儀のために遥々関白様が御自ら尾張に出向いたことも、六角と斯波と織田が深い誼を通じておることもほぼご存知ないようだ。
さらに武衛様が美濃守護に就任し、内匠頭様は官位を頂いた。観音寺城では公方様と謁見されて、都においては内裏に参内したと聞く。尾張では民でも知っておる話なのだが。
都では帝も尾張を頼りにされておられるとか。秋の武芸大会には毎年、新たな和歌が送られてくるのだぞ。
そのようなことを知らぬまま六角と浅井を憎むばかり。さらに管領様はもうだめだと言われてもな。
いかにしてよいか分からぬ。あまりに危うい御仁だ。申しわけないが、聞いた話をそのまま尾張に知らせて助けを求めよう。
命までは奪われまい。あとは公方様がお考えになられるであろう。
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