第千九十七話・秋を前に

Side:久遠一馬


 評定の場は日増しに議題が増えている。


 総奉行を設置して役目を明確にしたことで仕事の効率化は進みつつあるが、同時に各奉行や関係者との調整が激増したことが原因だろう。


 田畑を耕して、慣例に従って税を集めて暮らしていた武士からすると、これほど大変なことはない。


 もっとも、旧来の統治では駄目だということを理解してくれているので問題はないが、効率化や優先順位の付け方など教えることはまだまだある。


 この日の主な議題は北近江の報告と、今後のことについてだ。六角義賢さんからは北近江三郡を鎮圧した直後に、騒がせたことのお詫びと今後のことを話し合いたいという書状が届いている。


「では、追放された者や流民がさらに増えると……」


 謀叛を起こし、城と領地を召し上げられた北近江三郡の者たちがどうするのか現時点では不明なんだよね。六角は追放するそうだが、一部では帰農を望むだろう。六角がそれを認めるか分からない。


 ただ、今までの経験から一定数はこちらに流れてくる人がいることは確かだ。そう伝えると評定衆は迷惑だという顔を隠さなかった。


 他家を追放された者も流民もろくなことしないからな。犯罪に走る者が多いし、恨みを持つから旧領奪還とか言い出して騒ぐし。


 流民に関しては賊にならないように警戒しなくてはならないし、働いてもらう仕事が必要だ。彼らの分の食料や賦役の予算の確保など、それなりにみんなで共有するべきことは多い。


 美濃の河川の堤防造りや遊水池の整備で使う予定だが、他に意見があればそちらを優先することもある。


 北近江で思い出したが、北近江から石田正継さんが尾張にやってきた。史実では石田三成の父親だった人だ。謀叛のどさくさで居城を乗っ取られたらしく、さっさと北近江に見切りをつけて尾張に来たらしい。


 城を乗っ取ったところも石田家を家臣化して家を大きくしたかったみたいだが、正継さんは謀叛に勝ち目がないと判断し牢人の道を選んだ。


 尾張には土田御前の実家である土田家との伝手を辿り来ている。正継さんはすでに信秀さんに召し抱えられていて、役目として関ヶ原にとんぼ返りしているが。


 西美濃衆もそれなりに北近江に繋がりがあるが、あちらの情勢と人をよく知る正継さんには、とりあえず追放されてくる者たちの確認と応対に回ってもらうことになったんだ。


 正継さんは文武両道らしいし、頑張ってほしい。


 話は戻るが、六角を追放される者たちに関しては伝手や血縁があるところに行くのならば禁じるほどではないが、彼らもまた流民と同じく関ヶ原辺りで賊になられると困る。


 とはいえ、どこもただ飯を食わせるほど余裕はないと思われるので、血縁者とかが使ってくれるのが一番だろうね。


 あと北近江三郡については、六角の支援策を念のためこの場で話し合う。一番の問題は食料不足だろう。派手に刈田をしたらしいからね。青田刈りなんてしてもなにも取れないのに。


 まあ籠城した相手の領地で刈田をして村や町を焼くのは、定番の戦術なんで仕方ないんだけど。


 刈田された田んぼでなんでもいいから植えるしかないと思う。この時代だとカブとか間に合うか。大根も広まってもいいので提案してもいいかもしれない。


 プランテーション案と食料の支援も含めて検討するが、六角がどこまで求めてくるか分からないからね。どうなることやら。




重車おもぐるまでございますが、作業が捗ると報告が上がっております」


 近江の話が終わると、土務総奉行の氏家さんから報告があった。重車、そんな呼び方になったのは、元の世界でいう整地ローラーのことだ。


 地盤を固めることは土木工事で必須なのだが、現状では人が踏み固めたり、杵のような道具で叩いて固めていた。


 とくに技術的に目新しいものではないので、コンクリートで作った整地ローラーを工業村に作らせて試しに使わせていたんだよね。


 持ち運びが出来るようにローラー部分は分解出来るようにしてもらった。元の世界のバーベルのように必要な分を繋げる形だ。


 今までは大人以外にも子供が土を踏み固める仕事をしていたが、人手が足りなくなると雑用とかに回っていたんだよね。子供には読み書きも学んでほしいし。


 この時代だと川に橋がなかったりするし、ローラーを使うほど整っていない土地も多いけど。とにかく工事の効率化は今後もしていきたい。




Side:ジュリア


 庭で木刀を振るう。日課みたいなもんだね。無論、妊娠中ということもあり本気じゃない。体を動かす程度。やり過ぎると侍女に止められるからね。


 正直いうと産休というのは、あまり性に合わない。とはいえ、アタシが休まないと身分の低い者が休めなくなる。


 人の上に立つというのも難しいもんだね。戦場で指揮しろというのなら分かるし、経験もある。でも日常においてもアタシは人の上に立つ者でなくてはならない。そういうのは経験してないんだよね。


「お方様、宰相様がお越しになられました」


「そうかい、通しとくれ」


 北畠の宰相殿は、先触れを寄越してから来るまでの時間がどんどん短くなるね。先触れがあったのはついさっきじゃないか。無論、公の立場で来るときは、事前に打診があるが。


「息災なようでなによりだ。ついさっき聞いたが北近江三郡の戦が終わったらしいな」


「半月くらいか。早いのか遅いのか。六角はこの後どうするのかねぇ。放っておくと数年は荒れるよ」


 土産を貰い、酒には少し早いので茶を出して話をする。


 東海道がだいぶマシになってきたと報告を受けている。それも含めて六角の動きは北畠としても気になるんだろうね。


 血縁もあるはずだし敵対してはいないものの、隣国の状況は良くも悪くも把握しておかないと足を掬われることだってある。


 今も変わりゆく尾張と、変われぬ伊勢にもどかしさを感じている様子だ。こうして定期的に尾張に来ては学べることを学び、領地に生かそうとしている。


 とはいえ、すぐに出来ることは増えないし成果も出ない。難しいだろうね。


「管領殿がわしにまで文を寄越した故、いかになるかと思うたが。その程度か」


 細川晴元、やっぱり北畠にも文を送っていたんだね。山城守殿や伊勢守殿にも文が届いたくらいだから、そうだろうとは思っていたけど。


「それが管領の政と言えばそうなんだろうね」


「争いこそ政か。今の世を生きる武士としては当たり前すぎて面白みもないな」


 六角と三好の包囲網でも作りたかったのかね。北畠は余裕がないと返事して誤魔化したらしいけど。


 北畠に余裕がないことに嘘はない。プランテーションを始めたので改革は始まっているけど、一揆の時に神戸の救援をしたことと、立て続けに長野との戦もあった。正直、余裕があるはずはない。


 宰相殿は尾張によく来ることもあって、北伊勢か尾張に屋敷がほしいようだけど、それもあまり進んでいない。北畠が屋敷を構えるとすると根回しやら大変だし、屋敷の規模だって恥ずかしくないものにしなくてはならない。


 そう簡単にいかないんだよね。何事も。


「今年の武芸大会には家臣を出来るだけ多く連れてくるといいよ。腕に自信がある者は出場させればいい。まずは家臣たちを領地から出して尾張の様子を見せることが先決だね」


「そうか」


「気付く奴は気付くもんさ。織田だってそうだったからね」


 文治派は理屈で従えればいい。でもね。武闘派はそうはいかない。新しい環境に放り込むほうがいいんだよ。強制的に。


 稀に自分から飛び込んでくる奴もいるけどね。佐々兄弟のように。


 一所懸命に生きるのも悪くない。でもね。力に自信のある者ほど、広い世の中で名を売りたいと思うものだからね。


 北畠家だって変わっていくはずだよ。その背中をほんの少し押してやれば。






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