第千五十三話・久遠諸島への帰省・その四

Side:久遠一馬


 三雲賢持さんの緊張感が凄い。なんというか和やかな宴というよりは断罪を待つ被告人のような顔つきだ。


 義統さんはこちらをちらりと見て少し笑みをこぼしたのちに、やさしく声をかけている。


 賢持さんからすると義統さんは雲の上の人だ。事前に立ち寄ることを知らせて任せたんだが、いろいろと考えすぎたんだろう。


 リーファと雪乃が少し前に勘十郎君と一緒に来ていて、頑張っていると言っていたから大丈夫だと思ったんだけど、もう少し気遣いをしてやるべきだったか。反省せねば。


 ただ、料理はほんと美味しいね。正直、鯛とかありきたりな魚を出すよりは正解だったと思う。改善点があるとすると、魚が新鮮過ぎて少し生臭さがあるくらいか。血抜きとか薬味とか知らないんだろうなと思うと頑張ってくれたと思う。


 まあ、この時代でこの程度の生臭さなんか気にするのはオレくらいだろうけど。


「この鰹、美味しいわね」


 メルティが気に入ったのは鰹の刺身だ。ただし皮目を炙っていて香ばしさがあるものになる。


「それは鰹節を試しておる時に気付いたものでございます」


 メルティの言葉に賢持さんの表情が明るくなった。


 史実の鰹のタタキと違い稲わらで焼いたものでもないし、薬味もないが、醤油はウチの醤油だけに普通に美味しい。程よく火が通った表面と生の部分の割合とかはいいんだよね。


 いろいろ悩み試行錯誤したのが分かる。素直に仕事を評価してあげたほうが喜ぶのかもしれない。


「味噌汁もおいしゅうございますな」


 望月さんは味噌汁が気に入ったらしい。魚介のエキスが出ているからだろう。白いご飯に合うな。


 尾張でも鮮魚は珍しくないが、望月さんあたりは甲賀で生まれ育ったからね。海鮮が好きなんだ。




 賢持さんの緊張が解けた頃、こちらの暮らしとか状況について聞いてみた。


「船をお預かりしておりまする故、伊豆諸島から人を集めました。いずこも食うだけで精いっぱいだったこともあり喜んで参っております」


 三雲家には久遠船を三隻ほど貸し与えている。伊豆諸島間の移動や、下田に買い出しに行くにも船がないとなにも出来ない所だからね。さらに駿河や伊豆辺りから海賊が来ないとも限らない。最低限の船は必要なんだ。


 船のメンテナンスも必要だし休息も必要だ。三隻あればなにがあってもすぐに本領や尾張に使いを出せる。


 もっとも今のところは平和そのもので、賢持さんはその船で伊豆諸島の余剰人員を神津島に集めているが。


 実のところ、人口が少ない地域での賦役は難しい。


 代官はどの程度の人と物資が必要になるかということと、期間はどのくらい掛かるかなどを見極めないといけない。


 伊豆諸島の場合、海路が生命線となるので港の開発がもっとも必要で、拠点となる神津島の港の開発がウチの最優先事項だ。無論、各島の暮らしが困らない範囲で人は集めないといけない。田畑なんかは放置するとすぐに使えなくなるんだ。


 そんな状況だけにそこまで多くの人は集めていないようだが、それも個人的には評価出来る。


 この時代だと自分の功績を得ようと、無理をさせて働かせようとする人が尾張でも少なからずいた。バランス感覚というか、やり過ぎない加減が出来ると任せてよかったと思う。




 翌日となったこの日、荷下ろしと水などの積み込みもあるので、今日一日は島に滞在する。船では多少なりともストレスが溜まるしね。織田家の皆さんには一日ゆっくり休んでもらうことにした。


 オレは最優先でやらせている港の開発と蔵の建設の報告を受けつつ、三雲家の人たちや島の代表になるお年寄りたちを集めて今後の方針なんかを伝える。


 ただ、この場で三雲家から田んぼを作りたいという報告があった。


 この神津島には水が意外とあることから田んぼも作れるのではと調べさせたらしく、試したいみたい。


「試すのはいいね。ただ島で生きるということは、必要なものを外から得ないと暮らしが良くならないんだ。だから本土では売れる品が優先になる。それと育てるなら、船で運べないものを優先するべきなんだ。例えば野の菜とか肉とか」


 米に対する思いが強いのは理解している。とはいえ、この島で稲作なんかしてもたかが知れている。史実に鑑みると将来的には養蚕業がいいのかもしれない。


 現状で試すのは賛成だが、優先するべきは野菜とかなんだよね。そこはしっかり理解してほしい。 


 正直、栄養源となる新鮮な野菜を船で運ぶのは少し難しい時代なんだ。このあたりのことは、ケティたちが衛生指導と食生活の指導を女衆にしているはずだ。


 まあ、売り物となる鰹節は現在工場を建設しながら、試験的に小屋で作らせて試しているとのことで、そこまで心配していないが。


 ウチの職人が来る前から始めていたみたいで、そのやる気は凄まじい。


「なるほど……」


「どの程度の田んぼや畑を作れるのか。それを調べてからだ。無理に広げては駄目だよ。米はちゃんと運んであげるから」


 鰹節以外にも干物や塩作りを増やすのはいいな。硝子瓶を使うことを前提とするなら瓶詰も作れば北条相手にいい値で売れると思う。





Side:斎藤義龍


 流罪の島か。確かに大領ではないし、久遠殿でなくば日の目を見ぬ島になろう。


 三雲と島の者らに語る久遠殿の様子はとても穏やかだ。皆に分かるように話して聞かせる。清洲城でもよく見る光景だ。分からぬ者には分かるまで話し、時にはわしのような周囲の者にも意見を求めて話し方を変えることもある。


 父がそんな久遠殿を恐ろしいと語っていたことをふと思い出す。身分ある者は、わからぬ者を愚か者と断じてしまう。それが当然なのだ。


 ところが久遠殿は分かるように話せばいいと言う。


 領地を召し上げ、分国法にて縛ることが目立つ故に、久遠殿を内心で恐ろしいと思う者も多いと聞くが、わしからすると久遠殿ほど甘い者はおらぬと思う。


 失態を演じ、分国法に反しても、久遠殿は何故そうなったのかを問うのだ。織田の大殿がそんな久遠殿のやり方を真似て処罰を緩うして、今一度機会を与えておることも仏と呼ばれる所以であろう。


 あれだけ織田家に逆らっておった安藤ですら機会を与えた。無論、日向守が使える男だったこともあるのだが。


 少し話が逸れたが、久遠殿にかかれば使えぬと一族で笑われておったような男が、突如出世することすらあり得るのだ。


 家臣を無能とするのは主君かもしれぬと口にした、父上の顔は見た事もないほど穏やかであった。




Side:ケティ


 セレスと慶次と新介殿と共に賦役の現場の視察にきた。


「なぜ、拝まれる?」


「薬師の方様の名はこの島にも届いておりますとも」


 隔離された地とまではいわないけど、こんな島にまで私の名が知れていることに少し驚く。案内役の者が誇らしげに語るのが私の置かれた立場だ。少し複雑なのは今も変わらない。


 でも……、気にしても仕方ない。仕事をしよう。


 領民は尾張と比較すると衛生状態も栄養状態も良くない。ただ、この島の本来の状態を考慮すると頑張っているのだろう。それは理解する。


「ひいふうみい……」


 慶次は紙を片手に現場の様子を書き残している。太田殿に頼まれて今回は彼が記録係になっているからだ。意外といっては失礼だが、こういう仕事も嫌がりもせずにやる。


「この島に警備兵は今のところ不要なようですな」


「そうですね。人が少な過ぎます」


 新介殿とセレスはこの島の体制と警備兵の必要性を考えていたらしいが、現時点では不要だと思う。長期的に見ると必要だと思うけど、今は罪を犯してもすぐに犯人が見つかるような村社会だ。


 もう少し発展すると貧富の差が出てくる。警備兵はその頃までに置ければいいはず。


「ありがとうございます!」


 私は視察と並行して患者を診ている。何処に行ってもそれは変わらない。特にこの島には医師がいない。私も明日には島を出ることになるので、ナノマシンを使って治せる病は治していく。


 こんなことをしても一時の自己満足にしかならないだろう。それでも私は今出来ることをしたい。


 伊豆諸島にひとりでいい。医師を置くべきだ。あとで司令と相談しよう。




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