第千三十九話・熱田祭り

Side:とある警備兵


「おいそこ、ここで止まるな!」


 夜が明けて間もないってのに、熱田の町は人で溢れてやがる。


「そこで座るな!」


 オレたち警備兵も熱田衆も、この日は飯を食う暇もないほど忙しい。道で止まったり座って花火見物をしようとする者たちをやめさせるのがオレたちの役目だ。


 生きるのに精いっぱいの奴でも、この日だけは夜空を見上げると花火が見られるんだ。こんなありがてえことはねえ。


 熱田様にお参りして、夜の花火まで祭りを楽しむ。オレたちが小さい頃はこんなことなかったんだがな。


「刀を抜いたら誰であれ牢にぶち込むぞ! 花火が見られないと思え!!」


 人とぶつからず歩くなんて出来ないほど混雑している。身分のあるお方だってこの日はぶつかることも仕方ない。あちこちからきた招待客が移動するときは、さすがに道を空けるようにするがな。


 やれぶつかっただの無礼だの騒ぐ輩は、たいてい余所者だ。今も、ぶつかった奴に怒って刀に手をかけた余所者らしき牢人に声をかける。


 近隣の村はもとより、田んぼのあぜ道や海岸だってこの日は人でいっぱいになる。花火が小さく見えるだけの離れたところだってな。


「うぇーん」


「おう、おっ母とはぐれたのか? 誰か迷子だ!」


 この混雑で子から目を離す奴の気が知れねえ。迷子は迷子所に連れていくのが決まりだ。そうでもしねえと探すほうも大変だからな。


 今年は織田のお殿様の領地が増えたからか、また人が増えたなぁ。厄介なことが起きなきゃいいんだが。




Side:孤児院の奉公人


「よしよし、いい子じゃ」


 熱田のお屋敷は寝る場がないほどの人がおる。わしは足が悪うて働けぬ故、赤子や幼子の面倒を見ておる。


「じーじ、はなび、まだ~?」


「まだじゃよ。日が暮れてからじゃからの」


 幼子らは朝から空を見上げて、今か今かと花火を待ちわびておる。まだ半日以上あるというのに。


「じいさま、飯置いとくぞ。そいつらに食わせてやってくれ」


 この日は、皆が忙しい。大皿に握り飯を山盛りにしたものとみそ汁が鍋のまま運ばれてきた。


「これ欲張ってはいかんぞ。皆の分じゃからの」


 腹が減った子らは握り飯に手を伸ばし、大皿の握り飯があっという間に減っていく。わしはみそ汁を椀に盛って子らに配ってやるか。


「ダメ! それはじーじのだよ!」


 みそ汁を配り終える頃には、早くも皿の握り飯が空になる。最後の握り飯にひとりの子が手を伸ばすが、それを見ていた子が怒った顔で止めおった。


「食うてええ。わしは腹が空いておらん」


「ダメ! おふくろさまに、めしはみんなでたべるんだっておしえられたでしょ!」


 育ち盛りじゃ。腹いっぱい食わせてやりたい。わしは一日やそこら飯をぬくことなど珍しくなかったからの。じゃが、今度はそんなわしが幼子らに怒られたわ。


 リリー様の教えか。飯は皆で分け合って食べるというものじゃ。よい子たちに思わず感極まってしまう。


「ほら、お代わりだ。まだお代わりいるか?」


「もうええじゃろ」


 子らに食べろと手渡された握り飯を見ておると、同じ大皿にまた山盛りの握り飯が運ばれてきた。


 それを見て子らはまた笑顔で飯を食う。


「じゃ、オレたちは屋台に行くから。じいさま頼んだぞ。昼はばばさまたちがなんか作るってさ」


「おう、気を付けての」


 働ける者らは御家の屋台で物売りをする。わしのように満足に歩けぬ者らで幼子らの面倒を見ねばならん。


「じーじ、はなびは?」


「まだじゃよ」


 この幼子らも熱田様に連れていってやりたいが、今日は難しかろう。花火が上がる時まで起きていられるようになだめて昼寝でもさせねばなるまいな。




Side:久遠一馬


 熱田祭り当日だ。今年は歩くのが大変なお年寄りと幼子を前日までに熱田の屋敷に行かせた。なるべくみんなが花火を見れるように手配したので、熱田に家があるウチの家臣たちも、同じ家臣のお年寄りなどを泊めているはずだ。


 当然、雑魚寝になるが、この時代の旅はよほど身分がある人以外はこれが普通だ。季節的にも寒いわけではないので大丈夫だろう。


 オレは、懲りずに二日酔いになった公家衆と共に熱田まで移動する。今日はオレも久々に馬での移動だ。馬車は子供たちの移動に使っている。お市ちゃんとか織田一族の子たち結構いるからね。


 道を空けさせて交通整理をする警備兵が街道に配置されている。まあ義統さんと信秀さんがいると自然とみんな道を空けるが、今日はあちこちからきている人も多いしね。


 祭りに乗じて悪さをする人もいる。賦役はすべてお休みだが、臨時雇いの警備兵が数千人働いてくれている。


 働きながらでも花火は見られるので人の集まりはいい。


「早くも飲んでいるみたいだね」


 お供は資清さんと太田さんたちだ。のんびりと歩く人のスピードで馬に乗っていると、田んぼのあぜ道にござを広げて、花火を待ちつつ酒盛りをしている領民がいた。


 まだお昼前なんだけど。大丈夫か?


 海が穏やかなら、久遠船での花火見物をしたいと水軍から嘆願があったらしく許可を出してある。海上警備のついでにみんなで花火見物をするといい。


 ウチのガレオン船も熱田沖に今日は一日停泊している。蟹江が出来て以降、南蛮船は蟹江に入っているのだが、熱田神社から良ければ南蛮船を見える位置に置いてほしいと頼まれたんだ。


 見栄えがするしね。気持ちはよく分かる。


 そうそう、エルたちは別行動で先に熱田に入っているはずだ。大武丸と希美も連れていくというので混雑を避けて昨日から熱田入りしている。


 同じく花火大会に合わせて、妻たちも半分以上が尾張に来ているんだよね。オレも全員の行動は把握していないが、仕事を手伝ったり祭り見物をしたりしているはずだ。


 実は少し前から客船仕様のガレオン船を一部で走らせている。荷物を乗員の食料とかに限定したもので、客室を増やしたんだ。


 勘十郎君たちが久遠諸島に行く時に乗った船がそれにあたる。別に信秀さんたちのことを想定したわけではなく、尾張と島を行き来するみんなのために鏡花が設計したらしい。


 採算で言えば決して取れるものじゃないんだけどね。普通に考えると。まあ船旅の雑魚寝も結構大変だからね。


「天気が晴れてようございましたな」


 資清さんもご機嫌だ。花火が好きらしい。天気はねぇ。雨が降りそうなら延期にする予定だった。こればっかりは仕方ないからね。


 しかし暖かい気候にのんびりと馬に乗っていると眠気が襲ってくるね。危ないから気を付けよう。



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