第千三十二話・お茶を飲もう

Side:久遠一馬


 資清さんたちがプランテーションの素案をまとめてくれた。第一段階として、織田の賦役に慣れさせることが目的になっている。これは領民ばかりではない。武士も僧侶もだ。


「当面は田畑の復旧か」


「それがよろしいかと。新しき技の前に織田の賦役に慣れる必要がございます」


 織田の賦役のノウハウそのものを新しい技術として扱うことになる。賦役は民を動員するという意味で同じなので、分かりやすいことから最初に使った言葉だ。


 今もそのまま賦役として使っているんだけど、厳密には賦役とは税として働くことであり別物だ。それは北畠にも説明してあるし、導入地域にも説明することになる。


 プランテーションでは、田畑から得られる作物はすべて織田で買い上げとなり、租税年貢分の銭を織田が北畠に支払う。俗に言う『○公○民』の率でね。


 作物の所有権が織田にあるうちは、その他の諸税はすべて免除。税引き後の銭を領民に分配するというのが基本だ。


 期間はまだ決まっていない。これ単独で計算しないで総量で計算することになるからだ。北畠と六角がどこまでなにを求めて、いくら資金を借りるかにもよる。


 買い取り価格の決定権はこちらで握る。その主導権は渡せないんだよね。もっとも市場価格を参考にする予定なので買いたたく気はないが。


「これを元に銭を借りられるとなると泥沼になりそうだね」


「それも考慮してございます。織田が日ノ本をまとめるまでに終わらぬでございましょう」


 このプランテーションの肝は、この権利が新たな担保になることだ。資清さんが真顔でそれを承知していることに少し驚く。元の世界でも高速道路とか似たような仕組みで償還期間が終わっても新しい道路建設にと費用を取っていたのと同じ流れになるだろう。


 北畠と六角は発展を得られるが、経済で完全に織田の風下に立つことになる。もっともこの時代の武士だと、そんなもの戦で勝てば帳消しだと考えるだろうが。


「ああ、植林も早々にやらせるべきでございましょう。知多半島を見ておっても長い時がかかりまする」


「だね。そこはこっちから説明してやってもらう必要があるだろう」


 北畠と六角も、発展の先にあるものを理解していないだろう。必要な食料や燃料などは先を考えないで集めろと命じるだけになる。炭焼き技術も早めに教えたほうがいいだろうな。


 このプランテーションの素案。当然ながらエルたちも手伝ったんだけど、資清さんたちで細かい条件を決められるようになった。友好を維持して相手の面目を立てつつこちらで最低限の手綱は握る。


 資清さんたち、一皮も二皮も剥けたような気がする。


「なかなか愉快な状況ですわね」


 プラチナブロンドの長髪が揺れていた。蒼氷アイスブルーの瞳が好奇心で満ちているように見えた。


「愉快でございますか?」


「人と違うところで戦をする。相手にとってはたまったものじゃないわ」


 資清さんは、彼女、リースルの言葉の意味を分からなかったらしいが、プランテーションのことだ。別に北畠や六角と戦をしているわけではないんだが、経済も戦争という時があるしね。


 本来の名はエリザベート。ただ本人はリースルと名乗っている。中央管制室長の役目があるけど暇なんだよね。敵がいない以上、管制なんてバイオロイドで十分だ。


 設定年齢は十八歳なので、現在はエルと同じ二十四歳。熱田の屋敷の助っ人として急遽やってきた。まだ公表していないが、シンディが妊娠したからね。


 もっとも、津島と熱田にはあとひとりずつ増員する予定だ。蟹江はミレイとエミールと鏡花がいて、津島と熱田も基本二人体制とすることにした。そっちは決まらなかったので次の船で来るらしい。


「皆さん、お茶が入りましたわ」


 そのシンディが今日はリースルと共に那古野に来ていて、お茶を淹れてくれた。


 ちなみに資清さんたちにも妊娠の兆候があることは知らせてある。エルの時に隠して心配をかけたからね。


「ほう、この茶は初めてでございますな」


 ああ、これは煎茶か。資清さんが今までの抹茶や紅茶と違う風味と味に驚いている。


「ええ、新しい製法を試したものですわ」


 とうとう煎茶をお披露目か。拘りがあるらしく煎茶の扱いはシンディに任せていたんだよね。リースルが来たことでシンディはよりお茶に傾倒する気だろうか?


「うん。風味もいいし、美味しい」


 みんなで新緑の庭をみながら煎茶を飲む。なかなかいいね。このまま隠居してのんびりしたくなる。


「当面は織田家の茶会で出して様子見ですわね。花火大会が最初のお披露目になるはず。楽しみですわ」


 あまり堅苦しい茶道みたいにしてほしくない。まあ大丈夫だろうけど。そもそもシンディは紅茶や抹茶の淹れ方は指導しているが、マナーは『人を不快にしない』で十分で、作法や形式を細かく決めていないからね。


 このままお茶の種類も徐々に広げていくつもりだろう。尾張ではお茶を飲むような余裕のある人も徐々に出ている。麦湯と呼ばれる麦茶なんか庶民でも少し余裕があれば飲まれているほどだ。煮出した後の麦も、米と一緒に炊いて、炊き込みご飯風にして食べているらしい。


 個人的には、これこそ日本茶という感じがするものだ。もっと領民でも気軽に飲めるものにしたい。


「他家が模倣しても、新しきものがこうも出ては、いかんともしようがありませぬな」


「そういえば甲賀にも茶畑が少しありましたな」


「ああ、常明寺か。いかになっておろうな」


 お茶を飲みながらのんびりと休憩していると、ふと資清さんが甲賀で栽培されているお茶を思い出したようで望月さんと話している。


 あれか、史実で江戸時代に東海道の宿場町であけぼの茶として有名になった土山茶か。


「お方様、一度取り寄せて吟味致しますので、ご検分になっていただけませぬか?」


「ええ、いいですわね。茶なら水田に出来ぬ土地も使えますわ」


 資清さんは、すぐさまそれが商いになるのではと思ったようで、シンディに頼んだ。技術的なものではないが、視点が素晴らしい。オレが口を挟む前に土山茶が生まれそうだね。


「あるものを増やすならば、こちらの手間が省ける。甲賀も飢えぬようにしていかねば。いつまでも殿に助けていただくわけにいかぬ」


 望月さんは遥か故郷、甲賀を思い出したのか、懐かしそうに語った。捨てたとはいえ生まれ故郷だもんね。思い入れはあるんだろう。


 お茶の木も、ところどころにあるんだよね。三河の吉良領だったところとか。ただ主力というよりは、田畑のついでにあぜ道の脇に植えられている程度だ。試験的に専用の茶畑を作るように指示を出したけど、どうなっただろう?


 大根とかもそうだが、探せばいろいろとある。ただ産業になるレベルじゃない。放置されているものか、地元で消費する程度のものがほとんどだけど。


 みんな頼もしくなったなぁ。自分たちで改善していければ、オレが隠居しても大丈夫だと思う。天下統一までにはそんな体制にしたいね。




◆◆


 煎茶が歴史に最初に登場するのは、滝川資清の『資清日記』である。久遠流茶道の開祖である、桔梗の方こと久遠シンディが、那古野の屋敷にて新しい製法の茶を披露したと書かれている。


 植物の品種改良はもとより、食品の保存法や製法の研究もしていた久遠家で見つけた技であると久遠家の資料にはある。ただし、茶の技術はもともと大陸にあったものであり、久遠家もそれに倣い自ら発展させたものだと思われる。


 この時、資清と出雲守は甲賀の常明寺近隣にあったチャノキを思い出し、これで甲賀でも育てられる産物になると考えたと伝わる。


 のちにこれは滝川資清の通称から『八郎茶』と呼ばれ、東海道の名物のひとつとなり、貧しかった甲賀郡を代表する産物になり地域の発展に大いに寄与することになった。



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