第千十三話・相撲大会

Side:北畠具教


 見物する者らの声で沸いた。見張りの兵を除き多くの兵を競わせ、その様子を見せる。まるで尾張の武芸大会のようだ。


 雑兵ばかりではない。武士もまた加わる者もいて、配下が勝つと我がことのように喜んでおる。織田と北畠、先ほどまでは互いに気を許せぬ様子であったが、手合わせが始まるとそれも変わった。


 安堵したのも確かだが、恐ろしくもある。


「久遠の知略、見事でございますな」


「ああ」


 わしの考えを読んだわけではなかろうが、ちょうど同じことを考えておったのであろう。鳥屋尾とやのお石見守が囁くように言うたことに心から同意する。鳥屋尾は大湊代官だからな。織田の力をよう理解しておる男だ。


 戦場において兵を従え士気を維持する。言うほど容易くはない。多少の銭と兵糧はかかるが織田と争いになるよりはいい。


 されど、世の者が思う以上に織田と北畠の力の差は大きい。その上で知恵も負けるとなると、いかがすればよいのだ?


「御所様のお考え、素晴らしきことと某も思いまする。誰もが皆、悩み、折り合いをつけて生きておりまする」


「折り合いか」


 対等な立場での同盟。家中が望むのはそれであろうな。家柄では斯波相手にも勝るのだ。されど、すでに対等な同盟が重荷になりつつある。


 力の差が見て分かる水軍衆と北伊勢の神戸らを織田に臣従させた。両属は織田が嫌うので出来ぬが、これで相応の縁は深まるであろう。


 身を切る思いでなんとかここまでこぎ着けたが、織田は戦そのものを変えつつあることを改めて見せつけられた。


 こちらが一歩進む間に、織田は二歩も三歩も進んでおるのだ。


「勝てる戦で負けた気になるとはな」


 戦の相手は長野だ。これで長年の争いに決着を付けたい。さもなくば、長野も織田に降り北畠は因縁の決着を付けることさえ出来ぬようになるであろう。


 わしが戦を急いだ理由はそこにある。


 無論、ここで長野を降したとて苦難が待ち受けておるのであろうな。とはいえ北畠が変わるにはここからなのだ。


 古き世の血筋を誇りつつも世の流れについてゆけず、過ぎ去りし栄華を懐かしむだけの日々など御免だ。


 わしは変わってみせる。この先、なにが待ち受けていようともな。




Side:春


 相撲大会、大盛り上がりね。参加賞として米と麦を混ぜたおにぎりを出すことにしたからか、参加者が多いってもんじゃないわ。


 正直、ここまですぐに盛り上がると思わなかったわ。みんな単純なのかしら?


 ただねぇ。ずっと見ているのは飽きるわね。娯楽のないこの時代の人は楽しんでいるみたいだからいいけど。私、別に相撲好きじゃないし。


 まあ、目的は達成しつつある。織田と北畠の待遇の差に対する不満。そこらは幾分マシになっていると思うわ。一言で言えばガス抜き。


 ほんと、暇を持て余すとろくなことしないから。


 現在、織田と北畠の野営の陣には商人や遊女が集まり始めている。北畠は兵糧を買っているし、将兵たちも銭に余裕がある者は、酒なんかの嗜好品とかいろいろと買っている者もいる。私は特に必要なものもないし買わないけど。


 ちなみに今回の織田は、食事を身分に問わず同じものにしているわ。無論、食材の管理から調理と配膳まで気配りはしているけど絶対大丈夫とは言えない。特定の身分だけ食事の内容を変えていいことなんてないもの。


 商人は酒や甘味なんかも売っているけど、それらを個人で買うのは自由。ただしローテーションを組んで見張りなど仕事中の者は酒を禁じている。


 酒はエールを甘味は金平糖や羊羹を数日に一回は配っている。正直、甘味は現状の織田でも大変よ。砂糖は久遠家で比較的安価で尾張に持ち込んでいるけど、それでも限度があるもの。織田勢すべてに配るとなると相当な出費になる。


 これに関しては、久遠家で一部献上するという形をとった。戦時における兵糧の管理運搬と食事をテストする目的がある。


 あと一番の目的は北畠に織田の力を示すこと。メルティの策ね。あの子、こういうことやらせると本当に隙がないわ。


 まあおかげで織田の兵は裏切りどころか規律違反すらほとんどない。喧嘩程度ならあるけどね。


「春、すまぬが少し商人のほうを見てきてくれ」


「畏まりました」


 少し考え事をしていると、意味ありげな笑みを浮かべた若殿に仕事を命じられた。というか、飽きていたのを見抜かれたわね。相撲見物から抜け出す口実をくれたみたい。


 こういう気配りが出来るほど周りが見えている。なかなかやるわね。伊達に司令やエルと一緒にいたわけじゃないってことか。


 宰相殿もなかなかだけど、今は少し余裕がないものね。


「御方様、やはり山には伏兵がおります」


「そう、ありがとう」


 相撲見物から解放されてホッとしていると、忍び衆の知らせを太郎左衛門殿が知らせてくれた。当然ながら山道で待ち構えているわよね。正攻法で攻めると相応の被害が出るわ。


 こちらとしては騙し合いをするつもりはないわ。北畠の面目もそうだけど、長野の面目も潰したくはない。


 この相撲大会を見て長野がどう判断するか。それ次第かしら。怒って出てくると楽でいいんだけど。そこまで愚かじゃないと思うわ。


 のんびりといきましょうか。




side:長野稙藤


 そろそろ北畠が動くかと待ち構えておるところに入った知らせは、陣地にて騒いでおるという知らせであった。


「北畠と織田が相撲を取らせておるようでございます」


 何事かと物見を出して確認させたが、まさか相撲とは……。


「我らを愚弄しておるのか!」


「落ち着け、誘うておるのであろう。城攻めなどせずに済めばそれに越したことはない」


 家臣らは怒る者や戸惑う者がおるが、それほど愚かではあるまい。待ち構えておる城を攻めることなど望む者はおるまいからな。


 誘いとしてはあからさま過ぎる。とはいえ気になるところもある。誰の策じゃ? 北畠らしくないのう。


「織田の金色砲であれば一夜と掛からずに落とされるのでは?」


「それでは北畠の面目が保てぬからな」


 わしを含めて恐れておるのは織田の金色砲じゃ。故に、いかにしても城に近づけぬようにしておるのじゃが。向こうもそのようなこと百も承知ということか。


 家督を継いで初めての戦。飛ぶ鳥を落とす勢いの織田も後詰めとして兵を出した。勇んで力攻めしてもよかろうに。まさかこちらを誘うとはの。


 北畠具教当人の策ではあるまい。武芸に熱心な男と聞き及ぶ。搦め手でくるとは思えぬ。ただ、誰ぞの進言を受け入れて用いるだけの度量と余裕があるということか?


 そのほうが厄介じゃの。


 こちらは兵糧を集めたが心許ない。我慢比べで困るのはこちらじゃ。北畠の攻めを防いでこそ、降伏しても面目が保てるというもの。


 このままではようないの。されど、こちらから打って出るのも危うい。こちらも誘うべきか? いや、怒らせては元も子もない。


 難しいが、今はこのまま我慢するしかあるまいな。




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