第六百八十九話・大津にて

Side:久遠一馬


 近江国、大津。東海道と東山道の最後の宿場となる町だ。琵琶湖の湊としても有名で、日本海で運ばれてきた荷物が京の都に運ばれるために集まる場所になる。


「ご無事の到着、祝着至極。支度は出来ております」


 そこでオレたちを待っていたのは、伊勢守家の信安さんだった。彼はウチの船で石山本願寺までいって、献上品や荷物と一緒に一足先に上洛していた。


 船はガレオン一隻、キャラベル二隻、久遠船二隻の、計五隻からなる船団で献上品や上洛の荷物を運んできている。


 船団を任せたのはリーファ。本名はシグルドリーヴァ。年齢は設定段階では十七歳だったが、現在は数えで二十一歳になる。名前の通り北欧神話の戦乙女をモチーフにした戦闘型アンドロイドだ。


 ブロンドではない金髪に深い緑の目をしていて、髪型は長めの三つ編みを後ろに垂らしている。身長が百九十センチとこの時代では特に目立つ容姿かもしれない。


 ギャラクシー・オブ・プラネット時代には主に艦艇の操縦及び戦闘を担当していたせいか、とにかく船が好きで、宇宙要塞では姿を見ないことが多かったひとりだ。一時期オレが嫌われているんじゃないかと不安になったほどだよ。とにかく船が好きな子になる。


 副長は雪乃。万能型アンドロイドで今年十九歳となる。モチーフは雪女。髪は真っ白で、エルよりも肌が白く深い紺色の瞳だけど、一重の顔立ちは日本人としても通用するはずだったんだけどね。


 身長は百六十センチと標準のはずが、この時代だと高いほうになっちゃう。こちらの世界に来てからどういうわけか、白い着物と白い帯を常に着ているので死に装束というか幽霊に見える。彼女たちの趣味嗜好には口を挟む気がないので好きにさせているが。


 こちらの世界では基本的に、久遠諸島や尾張以外での活動はアンドロイドがふたり一組となって行動するようにしたので、彼女が船のバイオロイドやロボット兵の管理と宇宙要塞との通信に交易の管理などをしている。


 初めての畿内への船団ということで、彼女たちに船団を任せたんだよ。三好と石山本願寺には根回ししたけど、この時代だと末端まで情報が行き届いているわけじゃない。


 それに誰かが欲を出して狙わないとも限らないからね。


「ほう、まだこれほどのものが美々びびしきままで残っておったか」


「はっ、武衛陣の者たちが守り抜き、手入れを怠らなかったようでございます」


 さて信安さんが大津まで運んできたのは、輿や長持という荷物を入れて運ぶ箱になる。斯波家の家紋である足利二つ引きが記されている高級そうなものだ。


 一部の荷物は尾張から運んできたものだけど、輿や長持は武衛陣にあったものになる。事前に手紙のやり取りで確認していたが、斯波家が京の都を離れる時に置いていたものを家臣たちが守り抜いていたらしい。


 義統さん自身は初めての上洛だからね。


 いつ上洛があってもいいようにと、家臣たちが丁寧に守り抜いていたことに驚きと感極まるような表情をしている。離れた地にいる家臣たちの忠義に嬉しそうだ。


 六角家から借りた輿や馬なんかはここで返却する。あとはオレたちもここを出立する前に最低限のお着替えが必要になる。


 みんな旅装束の軽装だったが、ここで黒に統一した鎧に着替えるんだ。


 義統さんと信秀さんと信長さんは装飾を凝らした目立つ鎧、式正しきしょうよろいと呼ばれる大鎧おおよろいだけどね。オレはみんなと同じ黒で揃えた地味なものにした。


 このあとは京に入る前に山科でもう一度休憩を入れつつ入京する。


 ちなみに六角家からは、浅井の問題で尾張に使者として来ていた後藤さんが、定頼さんの名代として引き続き京の都まで同行することになった。


 三好との和睦に関して義藤さんは表に出ないようなので、近衛さんと六角が交渉をして具体的な話を詰めないといけない。本来の幕臣とか管領は朽木に置いてけぼりだからね。そんな状況での和睦になるのでいろいろと大変なようだ。


「大津か、都までもうすぐだな」


 大津で一泊した翌朝。鎧を身に纏い支度を終えると、藤孝さんを引き連れた義藤さんが姿を見せた。卜伝さんたちは特に着替える必要もないので彼も暇らしい。京の都に戻れるということで、多少思うところがあるようでもある。


「油断は禁物ですよ。管領殿に知られているかもしれませんので」


「誰ぞが漏らしたというのか?」


「さて、そこはなんとも、ただ、その程度の心構えは必要だと思うだけです」


 旅を楽しむのはいいけど、少し緊張感が足りないね。義藤さんが観音寺城に置いてきた家臣や公家が密かに晴元に知らせないとは限らない。もっと言えば、ウチを逆恨みしている三雲家が知らせた可能性もある。


「あの小物には、うんざりだ」


「上様……」


 周囲には資清さんしかいないこともあり少し踏み込んだ話をするが、義藤さんは吐き捨てるように晴元のことを口にした。藤孝さんがそれを不安そうに止めるが、義輝さんは改める気はないらしい。


 藤孝さんはオレたちのことも警戒している様子がある。どこで晴元に伝わるかわからないと考えているんだろう。


「余が将軍として政を為すとすれば、細川京兆家を叩きつぶすことが手始めだ」


「一時の怒りや不満に左右されるのはお控えになるべきですよ。乱世の原因がすべてそのお方のせいではないのですから」


 細川京兆家を叩きつぶす。そう公言した義藤さんに、藤孝さんや資清さんが驚いている。管領家であり、三好に謀叛をされたとはいえ無視出来ない権威はまだあるからだろう。


 責任が取れないことは口出ししたくないんだけどね。つい余計なことを言ってしまう。オレも義藤さんは嫌いじゃないし、精一杯生きようとしている姿につい手を差し伸べたくなってしまう。


 まあ、世間話程度で誰でも知っていることなら構わないだろう。


「いかなる意味だ?」


「仮に上様が望み通りになされても、同じような者がまた現れますよ。そういう世の中なのですから。謀叛が許せぬのならば、謀叛が起こらぬ体制をお考えになるべきだと思うんです」


「ふむ、やはり面白いな。そのようなことを言うた男はそなたが初めてだ。されど、足利家にそれが出来るか?」


 藤孝さんと資清さんの顔色が青くなったり不安そうになったりする。双方ともに立場は違うし同じタイミングではないが、氏素性の怪しいオレと天下の将軍様が直接話していることだけでも、この時代ではあり得ないからね。


 口を利くだけでかなり際どいのは理解している。


「それは私如きが考えることでありませんよ。ただ物事の考え方の話を申し上げているだけです」


「殿下も申しておったな。耐えるしかないのだと。されど、足利家には最早変えるだけの力などない。いつまでも屈辱に耐え、愚か者に担がれるだけでよいのか。分からぬ。……まあ、いずれにしても今の余は菊丸だ。将軍が必要ならば影武者でも人形でも置いておけばよかろう」


 うーん。短気だね。結論を急ぎ過ぎる癖が直っていない。しかも困ったことに頭も悪くない。足利家は最早どうしようもないことを理解しているからね。


 ここに来るまでもほとんど特別扱いはされていないので、随分と大変だったはずなんだけど。


 それでも将軍が嫌なのか。


「上様、殿。お話はそろそろ……」


 どうしようかなと思って思案していると、いつの間にか控えていたエルが止めてくれた。


 すでに他の人も支度が出来たらしい。


「一馬、大智、八郎。今のことはすべて忘れよ。所詮は一介の武芸者が将軍であったらという戯言だ。与一郎もよいな」


 義藤さんはそのまま藤孝さんを連れて卜伝さんのところに戻ろうとしたが、ふと振り返るとすべてをなかったことにするようにと命じた。


 オレの立場を考えてくれたんだろう。


 本当に悪い人じゃない。もう少しまともな世の中だったら、立派な将軍として名を残したのかもしれない。


 それが残念でもある。



◆◆

菊丸。足利義輝の偽名。

与一郎。細川藤孝。

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