第六百五十五話・茶会の様子
Side:エル
少し日差しが強くなってきましたね。今日はあいにくの曇り空でしたが、ガーデンパーティーをするにはちょうどいいのかもしれません。
「南蛮では、かような着物を着るのですね」
「日ノ本の外には数多の国があり、数多の人が暮らしております。国の分だけ多様な着物があります。これはその中のひとつになります。ただ、本物は手に入れるのも難しいので、これは当家で模倣したものになります。ですがその分、着やすいように改良もしてあります」
慣れないというのが皆さんの本音でしょうね。着物とは根本的に違う衣装です。立ち居振る舞いも当然違います。土田御前様から求められましたので立ち居振る舞いを簡素にお教えしましたが、思った以上に見事にこなしておられます。
ドレス自体は、必ずしもこの時代の欧州のドレスと同じではありません。土田御前様にも説明いたしましたが、着やすさやデザインを多少アレンジしています。
なにもかも厳密に外国に倣う必要などないのです。この時代でも唐物と言われる大陸の品物がいいとするような部分はありますが、そういった風潮はなるべく減らしていきたいというのが私たちの理想です。
無論、国産の技術と文化の向上が先に必要なのでしょうが。
ああ、お市様たち姉妹はすでに慣れている様子ですね。さすがに子供は覚えるのが早いです。
「遥か南蛮の着物でお茶会とは、なんとも贅沢なことですね」
「肌触りがようございます」
他の女性陣の皆様も多少気後れしているようですが、楽しんでいただいているようでなによりです。
初めは恥ずかしそうな方もおられましたが、外国の貴人が着る物だと説明すると喜んでいた方も多くおられます。
清洲では昨年から土田御前様がお声がけをしており、時には守護様の御正室様と諮りながら、女衆での茶会が何度か開かれております。昼食と茶会をして、遠方の方は一晩清洲城に泊って帰るというものです。
女が出歩くなどと小言も聞こえてきますが、織田家にとって広がる領地をいかに円滑に治めるかが課題です。女性同士の繋がりも当然必要になりますからね。もっともこれは私たちの意見ではなく、大殿と土田御前様や守護様の後押し有っての動きですが。
「これは難しゅうございますな」
「うふふ、思うまま好きに描くといいわ」
ふと辺りを見渡すと織田家のお抱え絵師とメルティが絵を描いていますね。お抱え絵師は和風の絵を描く方です。近頃はメルティの技法に興味を持ち学んでいるようです。
モデルに大殿がいるというのも緊張するのでしょう。さすがに織田家では絵の出来の良し悪しで問題にはなりませんが、権力者を描くというのが大変なのは考えるまでもないでしょう。
「今巴の方も氷雨の方もよくお似合いだ」
「アタシたちもこんな着物は滅多に着ないね」
「こういうのは技を維持向上させるためには作らねばなりませんが、私たちはそのような身の上ではありませんでしたので」
日頃、武士と付き合いの多いジュリアとセレスは、馴染みの武士たちが周りを囲んでいますね。着慣れていると褒められたジュリアが少し苦笑いを浮かべています。
セレスはあまり表情を変えるほうではないので見た目はそう変わりませんが、少し照れているようですね。聞かれてもいない説明をしているのがその証拠です。
「オーッホッホッホ、皆さまよくお似合いですわよ。もっと胸を張って自信を持つべきですわ」
「こういう時は自信を持ったほうがよく見えるネ」
シンディとリンメイは楽しそうです。あまり慣れていない美濃衆や三河衆の奥方様たちを相手にしています。
「近頃は明の密貿易船とか増えているわね。中には堺に頼まれて来た連中もいるわ」
「荒っぽい連中が多いワケ。しかもこっちが次は売らないと言っても、人を代えればいいとしか思ってないものね」
「ほう。それは厄介でござるな」
ミレイとエミールは犬山城の信康様と蟹江での近況の話をしていますね。ミレイも言っていますが、近隣で織田の品物を堺に売る商人が減った影響で、堺はとうとう明の商人にまで頼む始末。
明の商人といっても密貿易をしている海賊です。エミールの言う通り荒っぽく、日ノ本の者を倭人と呼び、蛮族と見て蔑む者が多いですからね。二度と来ないと怒って帰る者もいるとのこと。
湊屋殿や蟹江の商人たちは大丈夫なのかと心配していますが、交易に影響を与えられるような人は現時点では来ていません。それにあちらも密貿易。利があれば相手が誰であれ取引は成立します。
大殿には報告しておりますが、明や九州近海にいる、元の世界で倭寇と呼ばれる海賊とは、すでに当家の船が何度か交戦しています。向こうからすると舐められたら終わりだと考える者もいるようですからね。
それに奪えば大きな富が手に入ると知れば、よからぬことを企むのはいつの時代も変わらぬことです。
「ここをこう折るのよ~」
「そうそうお上手ですよ」
別のところを見ると、リリーとアーシャが同行した子供たちに折り紙を教えていました。守護様が子供たちも同行させたために今日は子供たちも多いですから。ほとんどは嫡男と姫ですね。
次男三男は扱いが違うのが一般的ですから。姫はあわよくば若様や司令に見初められればというところでしょうか。
もっとも当の子供たちは折り紙に夢中でそれどころではありませんが。
みんな楽しそうで何よりです。たまにはこういうお茶会も悪くありませんね。
Side:パメラ
「はーい、こうすると可愛いよ~」
お市ちゃんが私と同じ髪型にしたいと言ってきたのでツインテールにしてあげました! うん。よく似合ってる。
くるりと回ってみせるとみんなに見てもらうと駆けて行った。
「いいな~」
「髪型を変えたい人は変えてあげるよ~」
「わたしも、おねがいいたします!」
周囲で物珍しそうに見ていた女の子たちも、嬉しそうなお市ちゃんに真似をしたくなったみたい。ここは私の出番だね!
ツインテールやお団子ヘアーに、ポニーテールなんかを布教しよう。
乳母さんや侍女さんがおろおろしているけど大丈夫! 可愛くなるから! それにお市ちゃんもしているから怒られないはず? 多分。
「髪結いのパメラ?」
近くでケーキを黙々と食べていたケティが、モグモグと咀嚼しながら私の様子を見て、そう呟きました。ムムッ、時代劇の人みたいな呼ばれ方だね。ですが、この時代では髪結いが一般的な職業でないことが残念で仕方ない。
女性は髪を伸ばすものの、身分のある人はそのままか後ろで束ねる程度。庶民はまとめることはあるけど、髪型を自由に楽しむということはほぼないんだ。
私はこうして髪型を自由に楽しむということを布教するのが使命なんだよ! 誰かに言われたじゃない。自分で決めたんだけど。
今日は洋服に合わせて、装飾品や帽子も用意したんだ。抵抗感のある子には帽子と髪飾りを貸してあげよう。
この子たちが大きくなる頃には、もう少しおしゃれを楽しめるようになってほしいなぁ。
私も頑張ろう!
みんな同じ髪型なんて、つまらない世の中にはさせない!!
◆◆
天文二十年、夏。清洲城で一風変わった茶会が開かれたことが、一部の資料に残っている。
浅井家と関ケ原で合戦をしたあとと思われ、斯波と織田一族が南蛮ゆかりの装束にて茶会を催したとある。
当時の着物とは根本的に違う装束に戸惑う者もいたとされるが、遥か南蛮の装束を身にまとうことで広い世界を知り、大智の方こと久遠エルたちの故郷に思いを馳せたと伝わる。
この時の装束は欧州の装束を基としていたものの、厳密には違う部分も多く見られ、当時もっとも多様化が進んでいた久遠家による改良が施されていたことが明らかとなっている。
なお、この場の絵画が二点残っている。
一点は絵師の方こと久遠メルティ作の『彼方を思いて』という西洋絵画で、もう一点は、前年に行われた武芸大会にて一番評価を受けて一年間織田家のお抱え絵師となった者の絵になる。
そちらは当時の日本の画風を基にしつつメルティの指導で写実的な絵に挑戦したものになり、共に久遠メルティ記念美術館にて展示されている。
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